浴室と浴槽

だが、ルーシィを壊したところで、バルトに何の得もないことも分かっている。

バルトが重要視するのは、カミサマと呼ばれる少女ただ一人。
彼女の望むままに引き留められた魂を宿す身体を、傷付けることは本意ではないはずだ。

「信じる信じないは君の自由だけどね。試してみる価値はあるんじゃない?」

躊躇うディルに、ルーシィが言う。

「そう、ね。試してみて」

「しかし、なあ……」

「あなたが無理して朝の区画に行くの、やっぱりあたし嫌よ」

「……」

「お願い。怪我とかしないで済むなら、絶対その方がいい。もし、あなたが動けなくなったりしたら、取り返しがつかなくなる」

懇願するような声は、奇妙なほどに弱々しかった。

そうして結局、ディルは自宅に戻り、ルーシィを風呂に入れてみることを承知した。

虎はとっくに屏風に戻っており、シャンデリアが点きっぱなしの屋敷内で動くのは、吸血鬼と人形だけだ。

二階に位置する白いタイルの清潔なバスルームには、陶器製で猫足の大きなバスタブが備え付けてある。
ぬるめの湯が半分ほどたまったところで、ディルはルーシィの服を脱がせはじめた。

ブーツを脱がせ、ロンググローブを抜き、背中のファスナーを下ろす。
動かない彼女は、まるで等身大の着せ替え人形のようだ。

「裸になるの、多分初めてだわ」

向かい合わせになって上半身を肌蹴させると、彼女は無感動に呟いた。

張りのある白い乳房や臍の窪みの曲線が、何とも言えず美しい。
球体関節部位は不完全でいびつで、だからこそ、彼女の持つ不安定で刹那的な魅力の一部分へと、見事なまでに昇華されている。

「どこか、おかしいところ、ある?あ、関節以外のことでね」

「いや。綺麗だ」

くびれた腰を大胆に撫であげると、彼女はくすぐったそうにくすくす笑った。

ドレスを床に落とし、ディルはルーシィを抱き上げ、バスタブに浸けてやる。胸の下あたりまでが水中に沈んだ。

白い裸の下半身が、光の屈折でひどく歪んで見える。彼女は胸を上下させ、安堵の息を吐く。

「気持ちいいのね、お風呂って」

「気に入ったか?」

「すごくね。けど、あの時の気持ちよさには敵わないわ。意識がふわっとしないもの」

恥も照れもない言葉に、ディルは目を丸くする。馬鹿じゃないのか、とすら思う。
一糸纏わぬ姿で、「犬より猫の方が好き」とでも言うような気軽さで、そんなことを言えてしまうルーシィは、本当に何も分かっていないのだと思い知らされる。

「……そういう発言は、あまり感心できねえな」

「どうして?」

「どうして、って言われてもな……」

ディルは改めてルーシィを眺める。

陽光を紡いだような金髪、澄んだ緑色の目に始まる文句のつけようもない美貌。絹のような白い肌を染めるピンク色、青く透ける静脈、誘うような薄桃色の蕾。

目眩がする。
単なるゴーレム、泥人形の類似品にすぎないと思ってみても、その肢体から絶えず発せられる甘ったるい少女の魅力は、どうしようもなく本物なのだ。

散々血液を摂取したはずなのに、彼は寒気を覚える。
それは、全身の血液が、一点に収斂しつつある証かも知れない。

「あ。見て、ほら!」

嬉しそうな声のままに視線を向ける。
薄く微笑むルーシィの両腕が、ゆっくりと彼女の意のままに持ち上がった。水滴をいくつも纏った手のひらが、鈍い蝶のように揺れ動く。




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あきゅろす。
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