水分と風呂
「何って言うか君こそ何してくれたのさ。そりゃあカミサマがあんなに早く帰っちゃうなんて思いもしなかったけどそれにしたって君がルーシィを酷い目に遭わせちゃった方がびっくりだよ」
「ふざけてんのか?これはてめえが差し向けたんだろうが!」
不気味なほど平坦で冷淡な口調のバルトに、ディルは声を荒げた。
バルトが冷静であればあるほどディルは激しく激昂し、彼の爪は怜悧さを増していく。その腕の中で、ルーシィは怯えたように身をすくめた。
屋根の上で烏が鳴く。
歩く影たちは自然と途切れ、一帯の家から響く生き生きとした音も聞き取れないほど小さくなり、青白く光る人魂だけが、何をするでもなく三人の周囲に漂いはじめる。
「あーあーはいはい僕はそりゃ悪いよ認めるよ謝るよごめんなさいでも彼女を襲ったのは君の過失でしょ」
「……それは、そうだが」
悄然とするディルと、尊大なバルト。
ルーシィは、彼らの関係を未だに理解しえない。
何らかのヒエラルキーが存在しているのだろうか?その程度のことも、分からない。
「僕はねルーシィ」
不意に、バルトがルーシィに向き直る。
「僕はねディルが血を求めて夜から抜け出して日の光に当たってちょっと痛い目見るくらいを想定してたのさそれだけさ君に怪我させるつもりなんてなかったのによりにもよって君を痛い目に遭わせちゃうなんてほんとディルって最悪だよね」
「てめえの都合なんざ知るか。ルーシィは、俺が責任持って元に戻す。それだけだ」
「じゃあさっさとお風呂かプールに入れてあげなよ何むやみやたらに連れ回してんのさ」
「は?風呂?」
意味が分からない、と言う風にディルは表情を険しくする。
彼の赤い髪がルーシィの頬に少し落ちかかる。
「血の大部分は水じゃないか。ルーシィは四大元素を基につくられたゴーレムなんだからそのバランスが崩れちゃうと動けなくなっちゃうんだよ」
「そう、なのか?」
ディルはバルトとルーシィを交互に見比べた。
バルトは頷き、ルーシィは分からないと首を振る。
「そうだよでも良かった完全に水分が失われるとルーシィは単なる土に還っちゃうところだったんだから」
「うそ……」
自分の身体が、土になる。
その非情な言葉を、ルーシィは今一度心中で反芻する。
吸血鬼。
恐ろしいことに彼女は、水気を奪われるその過程をほとんど快感として捉えていたのだ。
あのまま、快楽と絶頂の前哨に身を委ねていたら、今ごろはきっと。
考えただけで、不吉なおぞましさが彼女の身体を芯から震わせる。
「で、風呂っつうのは?」
吸血鬼の手が、惨めな人形の肩を優しくさする。体調不良の直接的な原因は彼であるのに、知らず知らず、人形はそれに癒される。理由は分からない。
バルトは無表情のまま、機械的に答える。
「肌から水分を吸収させてあげるんだよ。そうすれば四大元素のバランスがとれてルーシィもまた動けるようになるって寸法さ」
「……確かな情報か?」
ディルはひどく訝しげにバルトを睨みつける。
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