住人と再会
吸血の責任をとるとは言っても、普通の人間のように、時間が経てば回復する可能性だってあるのに。
普通の人間のように、血液が流れていた自分ならば。
「そんな、危険なこと、して欲しくないわ」
「ああ、それ以上言うな。益々色々してやりたくなる」
ディルは笑いながら書斎を出て、光の満ちた玄関ホールを突っ切った。
後を追って来た虎が金色のドアノブに飛びつき、両手の塞がった吸血鬼の代わりに、重苦しい漆黒の扉を開ける。
「ありがとな、おっさん」
「どういたしまして。二人とも、気をつけて行っておいで」
玄関で猫のように目を細める虎に見送られ、一歩外に出たところで、ルーシィは驚いて声をあげた。
闇と街灯と石畳の街に、動くものがあったからだ。
大きさも姿もまちまちだが、一つや二つではない。
通りすぎる和服らしき服装の女性や、猫くらいの大きさの動物。不定形の暗く黒い塊。建物の中で揺れ動く何者かの影、かすかな話し声や笑い声、物と物がぶつかり合う高い音。屋根の上で羽づくろいする大きな鳥。
「な、何が、どうなってるの?」
明るい緑色の服を着た、小人の集団とすれ違う。帽子を持ち上げ、笑顔で声を出さず、吸血鬼に挨拶をする。
ディルは足を止めて彼らに頷いて、再び歩き始めた。
「ここに来るのは、何もカミサマだけじゃねえってことだ」
「じゃあ、誰なの?どこから、どうして、どうやって来るの?」
待ちきれず、ルーシィは矢継ぎ早に尋ねてしまう。
どうにも、この街のことは分からない。
期待をこめて見上げたディルの顔は、困ったように曖昧なやわらかい笑顔だった。
「一度に訊くな。わけが分からなくなる」
「仕方ないじゃない、そんなの」
「気持ちは分かるが……――ああ、どうも不吉だな」
ディルの視線を追うと、青白い炎の群があった。
揺らめき、燃え盛りながら、誰にもぶつかることなく空中を浮遊している。
「人魂?」
「ああ。他の連中は、狐火とかウィル・オ・ザ・ウィスプとか言ってたが……あれは、あんまり良いモンじゃねえ。災厄の前兆だ」
「全くその通りだよね予想外の事故だよ本当にさ」
無感情で早口、棒読みの男声が突然聞こえ、ディルは瞬間的に道の端に飛び退いた。
彼の乱れた速い心音が、服越しにルーシィに伝わる。温かい手が、人形の肩を強く抱きしめる。
「何しに来た、バルト」
ディルが呼びかけると、家と家の隙間の闇から、予測通り、スーツ姿のバルトが現れた。
服には、ディルによって引き裂かれた破損がなくなっている。出血もない。
体の傷までは分からないが、少なくとも、その存在を気取らせるようなことはない。吸血鬼は不快げに顔をしかめる。
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