椅子と書斎

ビロード張りの肘掛け椅子は新品同様の色彩と弾力でルーシィを迎え、彼女の隣には大きな虎が、足元には艶色の吸血鬼が、それぞれ目的のためにうずくまっていた。

「めんどくせえな、この靴」

ディルはルーシィにブーツを履かせようとしているが、慣れない編み上げ部分と格闘している。

「焦ることはないだろう、青年。ルーシィさんなら、分かってくれるさ」

俺からルーシィを護ってやってくれ、と、帰宅した吸血鬼に無理矢理引っ張り出された虎は、何とものんきに書斎の床に寝そべっている。

「……そう言われると、怒れなくなります」

虎の穏やかな言動に毒気を抜かれたルーシィは、ふんぞり返った姿勢で、不満げに呟いた。

今いる場所は、書斎。
目一杯詰め込まれた本の群と、文机と小ぶりなシャンデリア、殴り描きのような抽象画。そして、上質な椅子。

バルトが忍び込んだ部屋と反対側に位置する部屋だ。
奇しくも、ルーシィが腰掛けているのは、バルトが探していた椅子ということになる。

「怒りたきゃ怒れ。それを聞くくらいの度量はある」

「今は嫌。回復した時のためにとっとくわ」

ディルの苦笑を聞き流し、ルーシィは天井を見上げる。

この屋敷の天井は高い。白式尉の家の二番くらいありそうだ。
土地だって、何倍もあると思う。

この差は一体何なのだろう。

「それで?青年」

虎は腕を枕にし、随分と真剣な調子でディルに訊ねる。

「ルーシィさんに靴を履かせて、それでどうしようと言うのかね?彼女は動けないのだろう?」

「とりあえず、朝の区画に行くべきだろうな。作者の蜘蛛女を捜して、説得して、連れて来る」

言いながら、ディルはルーシィに左のブーツを履かせを終え、右のブーツに取りかかる。

彼女は動けない。

首や手首の回転、指の関節を動かすことは可能だが、四肢を持ち上げる、という動作ができない。力が不足して、ひどくだるい。

「本気かね」

「ああ」

「ならば、私は止めないが……連れて来るより、連れて行った方がいいのではないかね。落ち度は此方にあるのだろう?」

「そりゃ、まあな」

「ならばやはり、此方から行くべきだと私は思うよ。治させるのではない、治していただくのだからね」

「ああ。それは分かる。けどな……」

「あたし、行きたいわ」

天井を見つめたまま、ルーシィが言う。

二人の視線が彼女に集まる。

「アンさんに、会いに生きたい」

「ふむ。彼女はこう言っておるようだが、どうする?青年」

ディルは唸りながら乱暴に髪をかき乱す。
どうしてそこまで躊躇うのだろう。ルーシィは不思議に思う。

「あたしが重いから嫌、とか?」

「そうじゃねえ」

ブーツの紐が、きつく締め上げられる。

挑発するように、からかうように、虎が尻尾を振りながら呟く。

「アンに誤解されたくないのではないのかね?」




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