hand.8
「一緒に寝てもいい?」
彼女が部屋を訪れたのは、日付が替わる直前だった。
湯冷めしきった白い顔。寝間着の裾から剥き出しになった手足の先は、寒い廊下で、凍えて真っ赤になっている。
僕は慌ててその手をとった。
氷みたいな冷たさに、思わず胸が痛くなる。
「ああ、もう、こんなに冷えて。駄目だよ、暖かくしてないと」
「んー。でも私は平気だよ」
「平気じゃない。キキは特に注意してないといけないんだから」
「じゃ、一緒に寝ていい?」
期待のこもった目で見られ、僕は渋々頷いた。祖父や狐にバレないことを祈願して。
管狐。
主人に従う、いわゆる狐精。白いそいつを確かに目にしたはずなのに、半信半疑の僕がいる。
「多分ね、今日は私寝れないと思う」
一つの布団に二人で入り、僕は彼女の冷たい両手を自分の両手で包みこむ。
「まあ、あれだけ昼寝すればね」
「だよね。あ、うるさくしたりしないから、よーちゃんは安心して寝ちゃってね。明日学校でしょ?」
「厳密に言えば、今日なんだけどね」
時刻は既に零時を回り、曜日も替わって月曜日。
目覚まし時計を確認しようとした途端、キキの素足が僕の脚へと絡みつく。
予想以上の冷たさに、僕は呼吸を詰まらせる。
「冷たい?わかる?」
「分かるよ。氷より冷たいかも知れない」
キキはくすくす笑いだす。
何がそんなに楽しいのかは知らないが、咎めようとは思わない。
こればっかりは、どうしようもない事なのだ。
電気を消して、目を閉じる。
緊張感か、背徳感か。寝返りすらも、し辛く感じる闇の中。
開いた瞳のその先に、キキの両手と小さな顔が、月の光の残滓によって、亡霊のような白さで浮かぶ。
彼女の瞳も閉じてはおらず、必然的に、見つめ合う。
「よーちゃん、寝ないの?」
「寝るよ。寝るつもりだけど、今はそんなに眠くないんだ」
「そっか」
首を動かす彼女の顔に、髪が一筋落ちかかる。
その髪は、大きな瞳に被さって、危うく目を刺しそうになる。
「ちょっと、じっとしてて」
「んー?」
素直に従う彼女の髪を、耳の後ろにかけてやる。薄目の耳朶は、柔くて熱い。
「カチューシャして寝た方がいい?」
「うーん。キキがすぐ寝て、朝まで目を開けないって言うのなら大丈夫だよ」
「それは無理。今夜は、よーちゃんの寝顔見に来てるんだから」
むずがゆいような言葉を発し、キキは屈託なく笑う。
そんな彼女を、僕はずるいとさえ思う。
「あまり、からかわないでくれ」
「からかってなんかない。私がよーちゃんを一番近く感じるのは、こうしてる時なんだもん」
キキは迷わず言い切った。
今の状況は、一つの寝床に入っただけで、足と手先が触れ合う程度。
甘い台詞は欠片もなくて、抱き合うことも、キスもない。
それでも一番近付く時だと、彼女は本気で言っている。
「間近で見えるし、心臓の音も聴こえる。私は一人じゃない、それで精一杯」
「……うん」
僕は何だか悲しくなって、キキの小さな手を握る。夜の冷気が染みついて、冷たいままのその両手。
加減しながら握りしめても、彼女は変わらず笑うだけ。
こればっかりは、どうしようもない事なのだ。
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