攻撃の末

攻撃は最大の防御、ということか。

ディルは左足で踏み切り、一歩の跳躍で窓から入り口までの距離を零と化す。
そして右手を振りかぶると、滞空したまま目標目掛けて振り下ろした。

バルトが、ほんの少し横に動く。頭部への直撃を回避するために。

だが、右肩は逃れられない。

厚手のスーツ、糊のきいたシャツ、非力な皮膚、温かな肉。研ぎ澄まされた爪に次々と容赦なく引き裂かれ、ワンテンポ遅れて鮮血が迸る。

爪はバルトの肩から肘までを抉ると勢い余って床を貫通し、破れた絨毯の間から砕けた木片を飛び散らせた。

転がるように着地するディル。
しかし、崩れた体勢を立て直そうとした途端、強烈な目眩を覚えてしゃがみ込んだ。

「う……っあ……」

手が震え、顎が戦慄き、内臓が痙攣する。血の雨が降り注ぎ、服や頬に付着していく。

自由の利かない頸部を無理矢理捩り、棒立ちのバルトを忌々しげに見上げ、睨んだ。

「て、めえ……っ」

「自業自得でしょっていうか怒りたいのは僕の方だと思うんだけど」

滝のような流血に、バルトはまったく何の対応もしようとしない。まるで、痛みすら感じていないかのように、無反応で、淡々としている。

赤い滴。断続的に、絨毯に染み込んでいく血液。匂い立つ、鉄の香り。ぽつぽつと。宝石のように。艶めいて。赤い。

なんて――美しい。

見つめながら、ディルは目眩の正体を悟った。

そして、夢遊病のように、虚ろな動作でゆっくりと立ち上がる。
その青い瞳は凶々しい欲求に、炯々とぎらついている。

「……ち、が」

「そうそう思い出してごらん君なんて心臓が何個あっても結局その程度なのさ」

爪にこびりついた血を舐め、時折よろめきながら、ディルは不安定な足取りで歩き出した。

明るいだけのシャンデリアの下で、血色の髪と闇色のマントは、計り知れない危険性に満ちている。

彼を突き動かすのは本能だ。バルトだけはそれを知っているし、望んでいる。

「情けないよねえ人間なんて」

ねえ?と同意を求められた屏風の虎は、やはり微動だにしなかった。



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あきゅろす。
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