悪魔の目
「分からないなどうして怒る必要があるんだい?僕が色々知ってるのは今更だし彼女が特別なのだって今更じゃないか」
バルトは何も変わらない。
ディルから発せられる痛いほどの敵意、激情に晒されて尚、口調も表情も圧倒的に冷酷で淡白だ。
吸血鬼の指先に、怒気が蓄積される。無意識に関節が鳴る。危険な爪牙が、暴力的に疼いている。
――前々から思っていた。
「お前だけは、気に食わねえ」
「知らないよそんなことやっぱり君はおかしいね僕にそんな口利くなんてさ」
バルトは懐中時計を取り出すと、見せつけるように開閉を繰り返し始めた。
ぱかぱかと間抜けな音が響く。
白い文字盤、金の蓋。その表面に、何か精緻な紋章が彫られている。
「予定外予定外でも僕は君のことも結構大切だと思ってるんだよね」
「はっ。薄気味悪い」
「事実さ事実だから消えてほしくはないんだけどちょっとした罰くらいは受けてもらいたい。か。なあ――」
汚泥のような灰色の視線。深淵まで腐敗し、澱んで濁りきったそれは、とても正気とは思えない。
向けられた瞬間、ディルの全身が総毛立つ。駄目だ。こいつは。駄目だ。
「う……」
吐き気がするほどの悪寒と暴走する危険信号。近寄るな。関わるな。まともじゃない。理屈じゃない。
こいつだけは、まずい。
――逃げろ!
「……」
直後、彼のとった行動はまるで無謀なものだった。
生え揃った鋭利な爪を構え、無防備なバルトに飛びかかったのだ。
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