二人の男
二人の少女が走り去った室内は、光が消えたかのように、陰気で陰湿な緊迫感に浸食されつつあった。
壁にかかった女神の絵では、何枚あっても彼女たちの代わりにはなり得ない。動かない虎の屏風も、また同じ。
「それで君は彼女の身体や魂に何をしたんだい?」
シルバーグレイの濁った瞳が、レンズ越しにディルを捕らえた。
睨み返す吸血鬼の赤い髪や青い目は、身震いするほど毒々しく、悪魔的に艶めかしい。
「お前には関係ない」
「そうはいかないよ彼女は大切なんだ教えてくれたっていいじゃないか。もし君がしたことが彼女やみんなにとっていいことだったら僕は君に感謝するかも知れないんだよ」
「いらねえよ。その感謝にどれほどの価値がある?」
一応ディルは尋ねたが、たとえ何を示されようとも、ルーシィとの行為について言明する気はまったく無かった。
いくら彼女が羞恥に欠けていても、あのことを軽々しく話すわけにはいかない。
それは、侮辱にも等しい。
「うーんそうだねどうなのかなっていうか君の言う価値はお金?物品?時間?地位?充足感?快楽?喜び?」
断続的に、責めるように畳み掛けるバルトの口調に、ディルは心底辟易する。
個性とは言え、限度がある。
その悪癖に対する苛立ちが怒りに転身する、直前。
「それとも――情報かな?」
バルトは最も的確で、明確で、卑劣な単語を持ち出した。
何かを狙った上での意識的な言葉選びは、まったく性根が曲がっているとしか思えない。
「……あいつの、記憶のことか?」
「いやまあ僕は別にどっちでもいいんだけどね。あと君のしたことくらいとっくに分かってるんだよ分からないのは彼女のこと僕は途中までしか知らないからね彼女の反応とか彼女の変化とか彼女の言葉とか彼女の感触とか彼女の」
「黙れ」
ディルは獣のように牙を剥き、瞳から鋭利な憎悪を発散させて激昂した。
ルーシィ以上に壊滅的な倫理観。
あまりに厚顔な態度。
バルトは彼女を何だと思っているのだろう?
単なる人形?
だから、ここまで配慮が無いのか?
右手に血管が浮き出して激しく脈打ち、腕全体がグロテスクに大きく痙攣すると、瞬く間に尖った爪が生え揃う。
それは、吸血鬼の憤怒に呼応するかのようだった。
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