silk.5
果ての知れない大空に、まばらな星が白く非力に光り出す。
夜と呼ばれる時間帯。暗く古びた石段を、上る姿は一つだけ。
それは彼女を背負った僕で、二人いるけど姿は一つ。
参拝客など、いやしない。
「ただいま」
「おう、お帰り」
いくらかこもって聞こえた声は、接客間にいる祖父のもの。
今は読経か、看経か。祖父の仕事は住職だ。
書院造りのこの家は、寺の役目も持っていて、一番大きな広間の奥に、像や曼陀羅が置いてある。
抜き足差し足忍び足。僕は彼女を起こさぬように、ゆっくり廊下を移動する。
キキの自室に到着したら、小さなケープを解いて脱がし、ベッドに彼女を横たえた。
白いシーツに白い顔。
短い髪と、長いまつげは異質なくらいに漆黒で、起きる気配はまるでない。
寝息を立てる彼女の髪を、躊躇いながらも撫でてみた。指の間をするりと流れる感触は、水かシルクを思わせる。
「これが由来、じゃないよね。漢字が違う」
一人呟くその声に、応えるものは何もない。
直後に祖父の声がして、僕はすぐさま立ち上がる。
やましいことなどしてないけれど、キキが寝ていてよかったと、そう思わずにはいられなかった。
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