人形を疑う
「分からない。それは大事なこと?」
その無垢さが恐ろしい。
濡れたように扇情的な唇が、愚かしい。
ディルは爪を立てないようにゆっくりと、ルーシィの頬を撫でた。
そして彼女の耳に直接、牙が触れるほどの距離で囁く。
「性的衝動」
「?何、そ――ッ!」
覆い被さるマントの影で、人形は身体を強張らせる。
耳の窪みに男の舌が入り込んだせいだ。生暖かくてざらついて、唾液でひどくぬめっている。
「あ、ぅ……っ」
ディルは含んだ耳朶の熱と弾力に驚き、ルーシィの反応にわずかに怯んだ。
小さく身体を震わせて、きつく目を閉じて、手袋を噛んで声を抑え込む。
人間同然の、生々しい仕草。
「お前……」
まさか、と思い、彼女をソファに押し倒した。緊張した腕を難なく解き、白い首筋を撫で上げる。
震え続ける彼女の、頭部と頸部の接続部分に、人間にはない亀裂があった。
指をねじ込めば、頭と胴体を容易く分解できそうな、溝。部品と部品の境界線。
やはり、ルーシィは人形だ。
安堵とも落胆ともつかない息を吐き、ディルはドレスの裾に手をかける。
生地とレースを惜しげもなく使ったペチコート共々たくし上げると、膝部分に、いかにも人形らしい、球状の関節部品が現れた。
初めて目にするそれを、珍しげに撫でてみる。全体が絹のような皮膚で被われていて、柔らかな感触の奥に、骨格らしき硬さがある。
「よくできてるな」
「……うるさい!」
何が気に入らないのか、ルーシィはブーツを履いたままの脚を振り上げ、蹴りを繰り出した。しかし、ディルはほとんど見もせずにそれを捕らえてしまう。
ソファが軋む。
「無駄だ。多分、俺には敵わねえ」
「それは、あたしが人形だから?」
震えているのは、身体ではなく、言葉。見れば彼女は顔を歪め、涙に揺らめく碧眼でディルをきつく睨んでいる。
――恐ろしい。
「そうじゃねえよ」
「じゃあ、どうして」
「男の方が、肉体的な力はある」
「そんなのってない。あたしは、その肉体さえ持ってないのに」
ますます涙と熱を帯び、興奮する彼女はあまりにも淫らだ。
甲高い声と、悲痛な言葉。
平静を装うディルに、御し難い、膨れ上がったリビドーが押し寄せる。
理由は分からない。ただひたすらに、恐ろしいほどの、扇情。
そして欲情。
「ん、っ……」
重ね合わせた人形の唇は温かく湿り、気が遠くなるほど柔らかい。本物よりも理想的なのは明らかだ。
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