無知を晒す

「妙にぞくぞくしたわ」

「ぞくぞく?」

「そう、触られたところが変に熱くなってたの。思い出すと、下腹の奥が収縮するみたいになるんだけど……とにかく、変な感覚」

「……分かった。訊いた俺が悪かったから、もう何も言うな」

今度はディルが両手で顔を覆い、嘆くように重々しく、息を吐いた。

その理由が、ルーシィには分からない。

何か、失言してしまったのだろうか?
そう思ったが、状況に合致する記憶はおろか、情報すら、ない。

いや、そもそも、訊いてきたのは彼の方ではないか。自分は、答えただけだ。

だから、更に言う。

「あと、最後に何か、ぬるぬるしたものを塗られたわ。今のところ異常はないけど、あれが、あなたの言う妙なもん?」

「素っ惚けたこと言ってんじゃねえよ、阿呆が」

そう言い終わるか終わらぬうちに、ディルはルーシィのすぐ前に立ちふさがった。
いつの間に立ち上がり、テーブルを越えたのか。現実離れした俊敏さに、訳が分からず茫然とする彼女。
その顎を、彼は人差し指一本で上向かせる。

間近に見た人形の顔に、ディルは自身の内奥で、正体不明の焦燥が強まるのを確信した。

――その感覚は、初めて目にした時から感じている。

きらきらしたブロンドだとか、ぎこちなく警戒した仕草だとか、溶けかけた宝石のような緑の目だとか。
結局、どう控え目に言っても、ルーシィは冗談のように愛くるしい。
バルトへの敵愾心と反比例するように、ディルが彼女に同情や好感を抱いているのは、間違いない。

だが、それだけではない。
彼の煩悶の根幹は、痛いほどに腹の底から湧き上がる、渇望に近似した惨めな激情だ。

――餓えているのか?

何に。まさか、彼女に?

――何故。

「忘れたにしても、程があるだろ」

「何が言いたいの?」

吸血鬼は、人形の無知さが気に食わない。

暗闇の中、無関心な男に肢体を弄くられ、別の男に目撃されて尚、彼女の魂は恥じらいや性的な恥辱に苛まれることなど決してない。
そしてあろうことか、その時の話を奔放に、明け透けに、目撃者の男に語って聞かせたりしてしまうのだ。

絶望的な危機感とモラルの欠如。男性としての自分が軽視されているような、不快感。

ディルは自分でも信じられないほどに苛立ち、張り詰めた情動の求める先に無防備なルーシィがいることを、今はっきりと理解した。

認めざるを得ない。バルトと同格になるのは気色悪いが、それでも。

「リビドー。分かるか?」




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あきゅろす。
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