容態を訊く
「すまないね、ルーシィさん」
頭を下げたのは、なぜか虎の方だった。
「いえ。分からないなら分からないで、何とかなると思います」
「そうかい。やはり君も、優しい子だね」
上機嫌で喉を鳴らす虎は、ひどく穏やかで、おおらかで、温かい。
動物と話しているという違和感は抜けないものの、ルーシィは、もう彼を怖いとは思わなくなっていた。
「分からねえと言えば、だ。その……」
そう、どちらかと言えば、ディルの方が恐ろしい。
理由の分からない視線と感情と、得体の知れない気高い美貌。
言い淀み、ばつが悪そうに髪を掻き上げる今の仕草も、無欠すぎて胡散臭い。
とは言え、血の通わぬ人形であるルーシィならば、吸血鬼を恐れる必要などないのかも知れないが。
「その、なあ。こんなこと訊くのも訊きづれえんだが……」
そこで虎が、何かを察したかのように唐突に立ち上がった。
何も言わないまま、ディルの背後の屏風に向かう。
竹しか描かれていないそれは、彼が近付くと静かに波打ち、絵の具が渦巻き、そして虎を吸い込んだ。
後には、最初に見た時と寸分違わぬ、竹やぶと虎の絵柄の屏風が残される。動かず、喋らず、何の変哲もないただの屏風だ。
それを確認し、ディルはルーシィに向き直った。
やはり言いにくそうに、それでも口を開く。
「おっさんも帰ったみてえだから言うが……ルーシィ、お前、あいつに何をされた?」
バルトとのことを言っているのは、すぐに分かった。
だが、何をされたかは、ルーシィにも分からない。確認する、と言っていたような気がするが。
「触られただけ、だと思う」
「本当か?」
「どういうこと?」
ディルは髪をめちゃくちゃに掻き乱しながら、渋々と言った様子で続きを話す。
やけに話しにくそうだ。
「俺はあいつを信用してねえからな。要するに……妙なもん付けられたり、入れられたりしてねえかって話だ」
「入れ、る?」
その単語に、ルーシィはかすかな怖さを覚えた。
あの時、特に痛みや異物感は感じなかった。今も感じていない。なのに、「入れる」とは、何なのだろう。
知らぬ間に、肌の下に何かを埋め込まれたとでも言うのだろうか?
もしそうなら、どうやってその異物を取り除く?
やはり、切開?
考えるだけで不気味だし、それより何より、恐ろしい。
「でも、血は出なかっ――」
言いかけて、口を噤む。
それは当然だ。なぜなら、自分は人形なのだ。血など、出るはずがない。
「そこまで言う必要はねえよ。ただ、身体に違和感はねえか?」
――違和感。
ルーシィは、バルトに触れられた時の奇妙な感覚に思い至った。
背筋を駆け上る、寒気にも似た不可解な、それ。
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