視覚を誇る

「いつものことだ。バルトの野郎は、必ず誰かに仕事を押し付けて行きやがる」

信じがたいほどの神聖さは一瞬のうちに消え去り、ディルは悪魔的な妖艶さで物憂げに髪を掻き上げた。

「仲介役と言えなくもないんだが、とにかく、あいつは何もしねえ。絶対、誰かにやらせる」

「その仕事が、今回は、あたしの世話だったってことね」

押し付ける、という言い回しが少し癇に触るが、ルーシィは追及しなかった。

絨毯に寝転がった虎が、気持ちよさそうに目を閉じている。その様子は、まるで猫だ。

「多分な。で、その仕事っつうのは、往々にしていわゆるカミサマに関係してくる」

ぴくりと虎の耳が立つ。
動物でも、カミサマというものの特異性は認識しているのだろうか。

有り得る。何せ彼に限っては、人語まで理解しているのだから。

ゆっくりと、しま模様の尻尾が上下に揺れはじめる。

「それ。その、カミサマって何?」

「子供だ」

「は?」

訝しむルーシィの視界の端で、虎が伏せの体勢をとる。
尻尾を揺らし続ける姿は、獲物を見据える姿とよく似ている。

「本当のところは知らねえがな。俺が見た時は、はっきり言ってガキだった」

遠くを見るようにして、ディルは眩しげに目を細めた。

粗雑な口調に似合わずその表情は穏やかで、彼が、カミサマに悪い感情を抱いていないことは瞭然としている。

しかし、虎は口を挟む。

「私には、天使に見えたがね」

それは、天使に見えたことを誇るような言い方だった。
彫像のように整然と座り、胸を張り、ひげをまっすぐに伸ばして。

「だからカミサマなんだろ?
見る奴によって色んな解釈ができる姿だとか、その正体は変幻自在な不定形、とかな」

「唯一神とは限らない、とかかい?」

「ああ。そうでもねえと、宗教画の多様性に説明がつかねえだろ」

もっとも、実際に神を見た画家が何人いるかは知らねえが。と、皮肉げに言って小さく笑う、自称吸血鬼。

下向きの青い視線に被さるまつげが官能的で、知らず知らず、ルーシィは見入っていた。

「じゃあ、結局カミサマについては分からない。ってこと?」

「ああ。悪いな」

「気にしてないわ。そんなことだろうと思ったもの」

そうは言ったものの、実際問題不明な点は増えるばかりだ。

ディルは何らかの感情を宿した瞳で、今も彼女を見つめている。

果たして自分は、彼からどんな風に見えているのだろうか。急に気恥ずかしくなり、ルーシィは目をそらして頬を押さえる。

潤んだ碧眼に、電灯の灯がさざ波のようにきらめいた。



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