grandfather.3
昼でも暗い病室に、横たわるのは一人の老人。
まだ厚みのある白髪と、遠目にも分かる温和な面立ち。
体温血圧心拍数は、容易に把握できるのに、肝心要の意識は不明。取り戻す術は分からない。
緑がかったチューブを生やし、濁った両目を半分開く。
「おじいちゃん、私のこと見えてるかな」
キキは身体を乗り出して、老人の顔を覗き込む。大きな瞳は期待に満ちて、けれど堅固な諦めと、孤独な悲哀を帯びている。
老人はキキの祖父であり、居場所の分かる、たった一人の肉親だ。
「きっと見えてるよ。かわいい孫なんだから」
「やだ、おじいちゃんとか宜経さんならいいけど、よーちゃんに言われたら、だめ、そんなこと、もう、照れるじゃん」
照れた彼女は饒舌だ。やけに早口でまくし立てると、少しだけ頬が朱に染まる。
キキは小さな手を伸ばし、祖父の大きな手に触れた。
「あ、ちょっと爪伸びてる」
それは老人が生きてる証拠。
「おじいちゃん、起きて、私。よーちゃんも来たよ」
呼びかけるけれど、無反応。
何度呼んでも、目覚めない。
「やっぱだめかあ。残念」
そして彼女は幼稚に口を尖らせる。
僕と彼女は同い年。どちらも現在十七歳。
なのにどんなに多目に見ても、彼女は異様に幼く見える。
僕の肩にも満たない身長。貧相で、女性になれない中性的な体つき。
外見年齢、十歳くらいが妥当だろうか。
「あら。こんにちは、キキちゃん」
シーツを抱えた看護師が、廊下からキキに呼びかけた。
「こんにちは!えーと、うーん……看護師さん!」
名前は覚えていないのだろう。
悩んだ末に、彼女はそれでごまかした。
僕も目が合い、その看護師に会釈する。
病院内に限って言えば、キキはそこそこ有名人だ。
抱えるものの巨大さと、奇異な性質、それらのせいで。
「検査は終わったの?」
「今日は違うよ、おじいちゃんに会いに来たの」
「そっかそっか。三城さん、喜んでいるでしょうね」
「うん!だったらいいよね!」
天衣無縫か、天真爛漫。
明るく応えるまばゆい少女。
そして看護師と別れた後に、きっと彼女の光は曇る。
疲れた彼女は眠りにおちて、僕は不安に襲われる。
いつものことだ。
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