血の夢

「ほほ、気付いたとて手遅れじゃ。御主も、この娘も、いい加減に夢から醒めねばなるまいて」

怖いほど白い肌、同じ色の唇。
しかし、その間隙で弧を描く舌や口腔内部は血のように濃密な真紅。

細く吊り上がり、闇のように暗い漆黒の眼窩。

その形相は、ルーシィに狐の面を思い起こさせた。

そこまで分かれば、結論に達するのは早かった。

――狐だ。
この白い衣華は、狐だ。

「裏切り者」「片割れ」などの単語から察するに、恐らく、バルトと同じ元稲荷の眷属。

「然すれば――御主」

白い衣華が、華奢な指先を真っ直ぐ伸ばしてルーシィを指す。

「御主もまた、在るべき姿へ還るであろう」

「黙りなよ」

バルトの声色は冷たさと硬さを増している。

「あるべき姿……?」

ルーシィは考える。現実で亡くなった衣華の祖母は、夢の中での消えたサリー。
そして、サリーはルーシィ。

夢から醒めたルーシィの、在るべき姿。

それは、つまり現実の衣華の祖母――死者である三城荒子か。

「……あたし、死ぬの?」

気付けばそう口にしていた。
死ぬのは嫌だ。一人ぼっちになるのは怖い。
現実で死を体験していようがしていまいが、記憶喪失のルーシィには何も分からない。
ただ、漠然とした恐怖と不安と嫌悪がある。

「ほほ、何も知らぬか。良い良い、実に良い。この娘まで欺くのかえ、御主も堕ちたよのう、裏切り者」

「聞こえなかったのかな――」

瞬間、気が抜けたように俯くルーシィの眼前を、大きな褐色の塊が、残像と風を残しながら目にも留まらぬ速さで通り抜けた。
気付いた途端に響く、何か硬いものが砕ける音とガラスの割れるけたたましい音。

一拍遅れて音の方向――白い衣華の立っていた方向に、少女人形は恐る恐る目を遣る。
そしてバルトは立ったまま、淡々と言い放つ。

「――黙れって言ったんだけど」

「ひ……ッ」

入口。磨りガラスを嵌め込んだ木製の扉。
そこには、バルトの座っていた椅子が、白い衣華の小さな頭を貫いて深々と突き刺さっていた。

少女の四肢は力無く垂れ下がり、白い肌に、服に、割れたガラス片に、吐き気がするほど無垢で単純な赤色が狂ったように大量に飛散し、付着している。

白い衣華は動かない。
ルーシィはただならぬ恐怖とショックで戦慄きながら、自分が泣いていることすら気付けず、意味の分からない言葉を繰り返す。

「……わ、私……し……きぬ……き……」

「落ち着きなよルーシィあれはあの子じゃないよ分かるでしょ?」

「……な……ぁ」




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