彼の話
バルトが勘違いしているのだろうか?
それとも、意図的に隠蔽している?
それはつまり、アンが?
――まさか。
バルトはガラスの鳥かごに指を這わせる。
虹色の表面には鏡のように影が映り込み、黄昏の光を纏った割れないシャボン玉のようにきらめく。
「限りなく近いけれど果てしなく違うかな。あの虎と常駐組連中の間には薄っぺらな生と死の壁がある」
「死?……じゃあ、ここで虎になってる人は、地球で生きてるの?」
ルーシィが尋ねると、バルトは首を動かし濁った視線を彼女に向ける。
本来存在する感情を、灰色に腐敗させたような昏い目だ。
鈍い光が、重苦しく世界を射る。
「まあ確かに生命活動は継続してるし何よりそうでなくっちゃ困るんだよ。ありがちでな比喩で申し訳ないけどあの虎は最後の希望でもあるからね」
どうにも、バルトの言葉は具体性に欠けている。
極端に回りくどい。
じっとそれを聞いていたルーシィだが、耐え兼ねてついに声を荒げる。
「もう、あなたの話は分かり難いのよ!この街が衣華ちゃんの夢の中ってことは分かったわ。
じゃあ、どうして衣華ちゃんが起きてる今も存在してるの?常駐組って何なの、どうしてアンさんが身体をつくらなきゃいけなくて、決められた区画から出ちゃいけないの?全部ちゃんと説明して!」
樫のテーブルを叩き、ルーシィはバルトを睨みつける。
バルトは余裕ありげに鳥かごを持ち上げ、激昂する少女人形から隔離するようにカウンターの奥にしまい込む。
最奥の壁に、ボタンの目と赤いリボンの黒い大きなテディベアがもたせ掛けられているのが見えた。
背丈は衣華と同じくらいだろうか。
「君も察しが悪いねいい加減分かりそうなものなんだけど」
そして戻ってきたバルトは、眼鏡の奥から何一つ変わらない濁った瞳でルーシィを見つめる。
「まあ本当は一番最初に説明して僕好みに洗脳しておくべきだったんだよねいいよちゃんと説明するよ。
この街はあの子の夢じゃなくてあの子のための夢なんだよ。条件が整った日には夢を見るようにあの子はこの街を訪れる。アクセスするって言うのかな何だかコンピュータみたいだけどね」
「じゃあ、この街は何処にあるの?」
「大本の夢を見てるのはあの子じゃない別の存在さ。あの子やこの街を訪れる他の色んな奴らはアクセスする権限を持ってるだけ。
あと勘違いしちゃだめなのはこの夢を維持してる奴と運用してる奴とその夢の中で街を構築してる奴はそれぞれ別ってことかな」
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