同じ曲


「これでも僕はね人間ってすごいなあって時々本気で思うんだよ」

鳥かごをテーブルの上に置き、自身は椅子に腰掛けるバルト。

もうじき終幕だろう、曲は静かに昂揚し、最も美しい主題が印象的に高鳴り始める。
その響きに心を奪われながらもルーシィはバルトの極端に冷めた瞳や冷淡な態度を注意深く窺う。

しかし彼は変わらない。
相変わらず無表情で、無関心そうにだらだらと、ただただ喋る。

「だって音楽ってたかが空気の振動の寄せ集めに過ぎないのに精神や感情に影響を与え変化を齎すんだよ。そして人間はそれを生み出すばかりでなく楽譜や音源として半永久的に保存し大量生産する術まで確立してるんだよすごいよ」

「あなたは、人間じゃないの?」

「うん。そう言う君だって人形じゃないか」

「それは、そうだけど……」

やがて曲が終わる。

そして次の曲は始まらず、レコードは無音で回り続ける。

バルトは鳥かごを見つめていて、ルーシィはどうしようもなくて立ち尽くす。

「この家が何の施設を模しているか君は分かる?」

唐突に尋ねられ、ルーシィは戸惑いながら答える。

「え……喫茶店でしょ?飲み物とかは、ないみたいだけど」

夕の常駐組、鶴女房の三城司華が言っていた。

衣華には、食に対する執着がない。苦痛なのかも知れない。
だから、彼女はこの街に食べ物を作らないのだ、と。

「正解よく分かったね。確かに飲み物はないけど食べ物はあるよ」

再度、レコードプレイヤーからくぐもったピアノの音が鳴りはじめた。同じ曲だ。

バルトが鳥かごの上部を取り外す。

残された虹色の底には白い陶器の皿が載っており、その皿には純白の生クリームと真っ赤なイチゴのショートケーキが載っている。

「ね?」

「……ケーキ?」

ルーシィはきょとんとして皿の上のショートケーキを見つめ、長い睫毛で何度も瞬く。

本物だろうか?
本物だとしたら、カミサマたる衣華が拒んでいるのに、何故バルトは食べ物を持ち込めているのだろうか。

「そうだよ見ての通りのショートケーキだよ。匂いもするし味もするしイチゴやクリームやスポンジの食感だってあっちのものに引けを取らない本物さ」

「それ、どうするの?」

「君のじゃないよ」

「分かってるわよ」

「分かってるならいいよ。僕はこれをあの子に食べさせてあげたいんだ」




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あきゅろす。
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