悪魔が語る


「貘」

「バク?」

その単語により、ルーシィの脳裏に動物のイメージが浮かんでくる。

頑丈そうな四つ足で、長い鼻、牛の尾。
夢を喰らう獣。

記憶に酷似した、出所の分からない知識だ。

「あの鼻は貘のもので、俺はあれを取り戻しに行く必要がある。多分な」

「多分って何?」

「そんな気がするってだけだ。ルーシィ、お前はおっさんの所に行け。その方が安全だ」

「い、嫌よ、あたしも行く。あなた一人じゃ不安だもの」

ルーシィはディルのマントを握り締める。

しかし吸血鬼はその小さな手を解き、割れた窓からベランダに出た。

踏み付けられたガラスの破片が、耳障りな音をたてる。

「駄目だ」

黒いマントが緩やかに揺れ、振り向いたディルは微かに笑む。
ルーシィが反論しようと口を開くとほぼ同時に、吸血鬼は夜の街へ飛び降りた。

深い闇の中から、走り去る彼の足音が微かに聞こえる。

まるで、逃げているかのように。

ルーシィは一人ベランダに立ち、手摺りを握り締め、呟く。

「……勝手過ぎよ」

「ほんとにね」

「っ!?」

抑揚と感情の欠落した声が聞こえた。

聞き覚えのある男声だ。

顔を上げたルーシィの目に映るのは、道を挟んだ家の二階、バルコニーの手摺りに肘をついている男。

スマートなシルエットのスーツと眼鏡。
暗くて表情は読めないが、ルーシィはそもそも彼が感情を表に出した所を見たことがない。
想像すらできない。

だから、きっとバルトは無表情だろうと思う。

いつものように。

「苛々するよすごく苛々する。僕は紗英が好きなのに紗英はあいつが好きなんだ」

「え?」

ルーシィは首を傾げる。

バルトは、衣華が住んでいる寺の息子、「よーちゃん」のはずだ。

美術館の学芸員だったディルや、ルーシィと同じ顔の少女と、一体何の関係があるのだろう。

――否。

違う。
論点はそこではない。

少女人形はあまりにも残酷な事態に思い至り、無意識に身震いする。

「あ、なた、あなたまで、ディルと同じ……」

「やだなあもうあいつと一緒にしないでよ。僕はあいつみたいに死んで紗英を泣かせたりなんてしないよ絶対にね」

「違う、そうじゃない!」

道の向こうのバルコニーへ、ルーシィは声を張り上げた。

自分自身、思考が整理できていないのに、なのに、叫ばずにはいられなかった。

ヒステリックで、自分勝手な感情。
少女人形は唇を噛んで手摺りに爪を立てる。

「……あなたがそんなだと、衣華ちゃんはどうなるのよ」




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