硝子が祟る
「だ、大丈夫?」
「……まあ、な」
吸血鬼は深呼吸をしながら、駆け寄ってきた少女人形に手を伸ばす。
髪や頬に触れようとしたのだが、彼女はその手を握ると、彼を立ち上がらせようと引っ張った。
その様子があまりに必死なので、ディルは渋々立ち上がる。
「何、だったんだ?」
「あなたが鬼だったってことよ」
「鬼?俺が?」
「そう、鬼」
――鬼退治の英雄、源頼光
あの小さな鎧武者がそうであるならば。
ならば、彼が武器として用いた物にも、彼の力の影響は出るかも知れない。
まして、「吸血鬼」には「鬼」の字が含まれている。きっと、退治の対象に数えられる。
それにあのビー玉は、光の支配者にして昼の獅子舞、バロンの角をへし折ったのだ。
光の残滓とその気配が、夜の住人に不快感を与えたのだとしたら。
「まあ、血を吸う鬼、だからなあ……鬼か」
同じことを考えている。
ルーシィはそれを少し嬉しく思いながら、吸血鬼を見上げる。
艶のある紅い髪の奥で、憔悴したように鈍く光る青色の目。
繋いだままの大きな手を、強く握りしめる。
「ほんとに大丈夫?」
「俺はな。……お前はいいのか?俺に近付くと危険だ。記憶が、混乱してるし……ああ、意味が分からねえ、苛々する」
吸血鬼はルーシィに手を放させると、震える指で丁寧に、彼女のドレスを直していく。
そして、呟く。
ひどく掠れた声で。
「どうして俺はこんな場所にいるんだ?人間じゃねえのか?お前はルーシィで、誰で、何の為に――」
「ねえ、少し休んだ方がいいんじゃない?」
「……そうは行かねえな」
ディルはルーシィの髪を手櫛で整えてやりながら、美しくきらめく緑色の瞳を覗き込む。
生きている本物の眼球にも、大粒の宝石にも優るリアルな輝き。
ただの人形の目とは思えない、不可思議な魅力。
「俺は鼻を追う」
「鼻?」
「そこに転がってる象にひっついてた鼻だ。あれは象の鼻だが、厳密には象のものじゃねえからな」
「意味が分からないわ」
ルーシィは鼻のない象の首を見て、怪訝そうに眉を顰める。
ディルはそうか知らねえかと頷き、彼女の眉間の皺を揉んで伸ばしてやる。
苦笑しながら、割れた窓の外、永遠に続くかのような暗闇を静かに見据える。
引き裂かれたカーテンが、微かに揺れる。
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