死者が囁く


「あなたを、どの名前で呼ぶのが正しいのかも分からない」

ルーシィはそう呟くと、顔や髪に触れる手から逃れようと右に左に身をよじる。

吸血鬼はそれを許さず強引に抱きしめ、彼女の涙を真っ赤な舌で舐めとった。

「俺はディルだ。美波美春は、死者の名だ」

少女人形に、そして自分自身に言い聞かすように、信じ込ませるように、吸血鬼は囁く。
混乱しているのはルーシィだけではない。
ディルにも、何が何だか分からない。

この街の存在、意義、一学芸員であった自分がここで吸血鬼になってしまっている理由。その何もかもが。

「それでいいの?折角、思い出せたんでしょ?」

「ああ、美波美春はもういない。終わったことだ。終わることが、早い内から分かっていたことだ。
いつまでも、その記憶にしがみつくつもりはねえよ」

「けど……」

ルーシィは言葉を続けようとする。

美波美春としての人生が終わっていても、彼の、時沢紗英への気持ちは終わってないのではないだろうか?
だから、ルーシィが時沢紗英であることを期待して、知っているかと尋ねたのではないか?

そう聞きたかったのに、ベッドに横たえられ、伸しかかられ、燃えるような青い瞳に魅入られて、何も言えなくなってしまう。

「え?な……」

「嫌うか?軽蔑するか?
お前とあいつは別だと分かってる癖に、俺は今、お前を抱きたくて仕方がねえんだ」

「……抱く?」

それくらい、好きにすればいいとルーシィは思う。
さっきまで抱きしめていたのに、何故改めて言うのかと不思議にすら思う。

少女人形はあまりにも無知で、しかし、吸血鬼はそのことを理解していない。
知ってはいても、思い至らない。

ベッドが軋む。
ディルはルーシィの顎を掴むと、少女らしい無垢な唇に、荒々しく自分の唇を押し付けた。
互いの歯が当たるほど乱暴に、絡み合う舌と唾液で噎せるほど深く、執拗に。

「ん、ぅ……ッ!」

断続的に、強引に、幾度も唇を合わされる内、ルーシィは目尻から耳へ涙が垂れていることに気付いた。

背筋を這い上がる甘い痺れのような感覚。
大きな快楽の予兆であるはずのそれに、不安と違和感を抱く自身の本能。

脱力した手から、招き猫が転がる。




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あきゅろす。
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