記憶が戻る


「俺はその顔の女を知っている。知っているなんてモンじゃねえ、忘れる方がどうかしてんだ。
その顔は……俺と一番近かった女の……」

「もしかして、記憶が――」

「ああ」

陰鬱げに頷くディル。

彼を、憎らしいと思うのは、歪んでいるのだろうか。
ルーシィは招き猫を握る両手に力を篭め、絨毯に散らばる木片を緑色の瞳でじっと見詰める。

「バルトが、あいつの名前を遣いやがった。それで、思い出せた。何もかも、全部」

「……あなたは、誰なの?」

聞きたいことは沢山ある。同じ顔の女の説明、衣華と彼の関係、地球の概要、夢の概念。

しかし、ルーシィが最も初めに尋ねたのは、どういうわけか彼自身のことだった。

「美波美春。神野美術館職員。享年二十八歳。ああ、お前は正しかった、俺は死人だ」

それは、ルーシィも勘付いていたことだ。
夢の世界に常駐できる者とは、すなわち、現実に存在できない者に等しい。
鶴女房も、獅子舞も、おそらく蜘蛛女も、そして、吸血鬼も。

「どうして、その……亡く、なったの?若い、でしょ、二十八って」

「はっきりとは分からねえ、んなもん知る前にくたばったしな。まあ、十中八九心不全だろ。心臓、って分かるか?」

「分かるわ。循環系の中枢を担う臓器、血液を全身に送るポンプ」

「正解。俺は生れつき、その心臓が弱かったんだ。二十八。ガキの頃の事を思えば、まあ、よく生きた方だ」

口許には穏やかな笑みさえ浮かべ、他人事のように言う吸血鬼。
青白い光を湛えた明晰な青い視線は、彼に近かった女と同じ顔の少女人形へ、一心に注がれている。

同じ顔。
それを意識した途端、ルーシィは急に泣きたいような気持ちになった。

結局、顔のせいなのだろうか。彼が優しくしてくれるのは。

彼にとってルーシィは、記憶の有無すら無関係なほどに、懐かしさと嗜好を満たす外見だという、ただそれだけの存在でしかなかったのだろうか。

悔しい。
ルーシィは彼の足先だけを睨むように見詰めながら、思う。

自分は、代わりなのだ。
もう会えない現実のヒトの代用品。
かつて親しかった少女を模した自動人形。

ルーシィがどう思い、何をしても、この身体である限り、それは逃れられない現実のようにすら思う。

「……一つ、質問させてくれ」

頷く少女人形。
視線は音もなく足元を漂い、満月の光のような巻き毛がパフスリーブに包まれた肩を滑り落ちる。




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あきゅろす。
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