首が転がる
よかった。
心の底からそう感じ、会いに行きたい、と強く思う。
「あの、行っても……?」
「ええ、どうか行って差し上げてください」
懇願するような虎の口調に違和感を感じながらも、ルーシィは階段に足を向ける。
皺の寄った絨毯を踏み締め、散らばる木片を避けて二階に到達したとき、ふと嫌な思考が頭を過ぎる。
一連の破壊は、ディルによるものではないだろうか?
何らかの原因――最も怪しいのはバルトだろうか――で高まったフラストレーションを、破壊によって解決したのではないか。
少女人形の首筋に食らいついた、あの時のように。
蘇る恐怖と言い知れぬ不安に、足が竦みそうになる。
けれど、一階には虎もいる、だから、大丈夫。大丈夫だ。
ルーシィはそう自分に言い聞かせ、扉のない部屋や蝶番の外れた部屋、一見何の異常もなさそうな部屋などを一つ一つ検めていく。
「あっ」
その部屋を見たルーシィは、思わず声を上げた。
牡鹿の首が床に無造作に転がり、無機質なガラスの目玉で彼女を見上げていたからだ。
引き込まれるように入室したそこは、酷い有様だった。
椅子が倒され、鼻のない象の首が転がり、カーテンが引き裂かれ、窓ガラスの破片が飛散している。
おそらく、最も破壊されているのはこの部屋ではないだろうか。
「どうして、こんな――」
思わず口にした瞬間、背後でぱきん、と乾いた音がした。
振り返ると、黒いマントの青年が、ドアの枠にもたれ掛かるようにして立っている。
乱れた紅い髪の間に覗く青い目は、どこか虚ろな光で室内を見渡し、最終的に、部屋に佇むルーシィを捕えた。
青年は唇の端を微かに持ち上げ、笑う。
「……お帰り、ルーシィ」
「あ、うん……ただいま」
そう応えたきり、吸血鬼と人形は黙り込み、数歩の距離を隔てて見つめ合う。
憂鬱と恍惚の境界を思わせる笑顔で黙する彼は、本当に自分の知っている彼なのか。
そんな疑惑さえ抱きながら、ルーシィは睨むようにして彼を見る。
そして彼も、木片を踏み付けて室内に入る。
無造作に転がる牡鹿の首を、引き起こした椅子に乗せる。
ふらつきながら奥のベッドに腰掛けると、警戒した様子で立ち尽くす少女人形をうっとりと見上げた。
「ああ、可愛いな、本当に」
「顔のことなら、アンさんの功績よ」
「違うな。その顔は、あいつが創った訳じゃねえ」
「え……」
ルーシィは、彼が何と言ったのか理解できなかった。
続く言葉を聞き、そして漸く違和感に気付く。
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