屋敷が荒れる
考えてみれば、朝から夜への移動も実に三度目だ。
一回目はバルトに抱え上げられて、二回目はディルに迎えられて。そして、今回は一人きりで。
おはじきとビー玉のたくさん詰まった招き猫を振ってみれば、じゃらじゃらといくらかぞんざいな音が聞こえる。
「違う道……かな」
ルーシィは半月から随分膨らんだ月を見上げ、右手の路地に踏み入った。
山吹色の街灯、明かりは点いていても生物の気配がない不完全な街。
更にもう一本、右の道に入ると、見覚えのある家が見えた。
水で満たされ、魚が泳いでいた家だ。もっとも、今は魚も水も見当たらないが。
しばらく進むと、確かな存在感を伴った大きな屋敷が現れた。
両開きの黒い扉は堅く閉ざされている。
明かりこそ点いているが、屋敷自体は不気味なほど静まり返っている。
ルーシィは懐かしいような感慨を抱き、重い扉を押し開けた。
シャンデリアの光が溢れる玄関ホールを覗き込むが、誰もいない。
気にかかるのは、敷き詰められた絨毯が所々乱れていることと、二階のドアがいくつか外され、木片となって階段付近に散乱していることだ。
「……ディル?」
いやな予感に眉をひそめ、ルーシィは屋敷に踏み入った。
ディルはどこへ行ったのだろう。
屏風の虎はどうしているだろうか。
「……ルーシィさん、かい?」
奥の部屋から、低く柔らかな声が聞こえた。
ルーシィは安堵の微笑を浮かべ、「はい」と応える。
予想通り、扉から現れた虎は、どこか悄然として髭を垂れ、猫のように首を傾げる。
「あぁ、いらっしゃい。いや、お帰り、の方がいいかな。
どうやら、五感は無事に治して貰えたようだね」
「はい、ご迷惑おかけしました」
ルーシィはお辞儀をしながら、吸血鬼の気配を探ろうとしている自分に気付く。
ディルはどこに行ったのだろう。
まだ、バルトと話をしているのだろうか。
虎は扉の破片を踏み、不愉快げに目を細める。
「驚いたでしょう。見ての通り、酷い荒れようで……」
「あの、一体何があったんですか?それに、彼は――」
「そうですね……こればかりは、私の下手な説明より、実際に二階に上がっていただいた方がよろしいでしょう。
青年も、二階にいるはずですよ。どの部屋かまでは分かりかねますが……」
ディルが戻っている。
それを聞いた瞬間、ルーシィは原因不明の、けれど暖かな安堵感に包まれた。
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