鎧の武者
少女人形は踵を返してスカートを翻し、提灯だらけの明るい街角を駆け抜ける。
真上から降り注ぐ透き通った陽光と、一定の調子で鳴り続ける祭囃子、色とりどりの提灯や幟や七夕飾りが昼の区画を特別陽気に見せている。
「よお、ルー!」
翡翠のハルピュイアは駆けてくる少女人形に気付き、左の翼を上下に振った。
巻き起こる風で提灯が揺れ、スイの足下に屯している複数の小さな影から不満の声がわき起こる。
小さな住人たち。
仔猫や亀や人。そのどれもが片手に乗るほどの大きさしかなく、ルーシィは夜の区画で幾度か見た小人の集団を思い出す。
息を弾ませて近付けば、四匹の動物と一人の小さな鎧武者、そしてスイの右手に捕らえられた、ちっとも怖くない鬼が一斉に彼女を見た。
言葉に詰まり、掌中の招き猫を握りしめるルーシィに、愛想良く近寄るのは三頭身の鎧武者。
デフォルメされた姿はまるで子供向けの絵本から飛び出したようだが、発された低い声と落ち着いた口調はまるで外見にそぐわない。
「おはようございます。ああ、いえ、此方ではこんにちは、でしたか。
こんにちは、お姫様。ご機嫌麗しゅう」
鎧武者は大きな頭でお辞儀をする。
コミカルな印象とは対照的に、戦国時代の武将を思わせる鎧兜は、細かいところまで丁寧に作り込まれている。
彼の背後には、四匹の小動物が付き従う。
仔猫と小鳥、トカゲに亀。
どれもこぢんまりとして大人しく、そして何より可愛らしい。
「貴女と言い翡翠の彼女と言い、この街は美しい女性が多くて嬉しい限りですね。
しかしながら、鬼にはくれぐれもお気をつけ下さいますよう」
鎧武者はルーシィに微笑みかける。
素直や純真という言葉がよく似合う笑顔だ。
徐々に、祭り囃子の音が大きくなってきている。何かが接近しているのだろうか。
「あの、あなたは?」
「わたくしですか?まあ、何だって構わないではないですか。
……敢えて明かすのならば、源頼光、ですけれどね」
「みなもとの……?」
ルーシィは首を傾げる。
それは人名だろうか。それとも、妖怪のたぐいだろうか。
「はッ!本当は言いたくて言いたくて仕方ねーんだろーが」
スイの右手の小さな鬼が喚いている。
子供向け絵本のイラストのような赤鬼は、コミカルよりもチープな印象の方が強い。
トゲ付きの棍棒は鉛筆ほどの太さしかなく、振り回したそれがハルピュイアの手に命中したところで、豊かな羽毛越しでは何のダメージもないようだ。
「やべえ、なんかこいつ可愛くなってきた」
スイは笑みを深くする。
赤鬼はますます嫌そうに暴れ出すが、どう足掻いても翡翠の鳥女には敵いそうもない。
小さな鎧武者は穏やかな微笑を絶やさない。祭り囃子も止まらない。
近付くにつれ、極めて平凡だった祭り囃子に、不思議な金属音が混じりはじめる。
東南アジアの民族音楽を思わせる、素朴な面白みのある奇妙な音色だ。
しかし、スイも鬼も鎧武者も、その音など意にも介さず対話を続けている。
ルーシィは首を傾げる。
あんなに明瞭に聞こえるのに、と。
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