赤の仮面
「て、天狗……?」
「左様」
「喋った?」
威厳のある低い声は、確かに天狗の方から聞こえた。
しかし奇妙なことに、唇がまったく動いていない。
脳に直接語りかけた、とかそういうオチかとルーシィが本気で考えはじめると、天狗は顎のあたりに指をかけ、赤い髭面の面を少し上へずらしてみせた。
面の下に確認できたのは、男性的で荒削りな輪郭の顎と、薄く笑んだ褐色の唇。
その唇こそが確かに動き、少女人形と言葉を交わす。
「無論」
「あ、お面……だったんですか」
天狗の面の男は重々しく頷くと、面を被りなおし、再び腕を組んで無言に戻る。
それこそ彫像のように微動だにしなくなった天狗を、ルーシィは興味本位でまじまじと伺察してみた。
無造作に伸びた黒髪、黒い兜巾、篠懸、結袈裟、一本歯の高下駄。
背中の笈の中身が少し気になるところだ。魔法の道具なんかが入っているかも知れない。
「畜生、放せ!」
「ふははは断る!」
「年貢の納め時、ですかね」
いくらか明瞭に、先の男声が響いた。
スイの愉快げな笑い声も聞こえた。
それでルーシィは当初の目的を思い出す。
スイを追いかけなくては。
だが、天狗が気になるのも事実。
「……」
名残惜しげなルーシィの視線を受け、天狗はやれやれとでも言うように頭を振り、哀れなガーゴイル像から飛び降りる。
そして背中の笈を探りながら、高らかに下駄を鳴らして着地すると、緑色の瞳を愛らしくぱちくりさせる少女人形に、白っぽい何かを差し出した。
「あ、かわいい」
それは、手のひらサイズの招き猫だった。
ルーシィの顔がぱっと明るくなる。
天狗は躊躇いがちに、ぎこちなく彼女の頭を一撫ですると、再びガーゴイル像の頭に飛び乗って動かなくなってしまう。
「あの、ありがとうございます!」
ルーシィは招き猫を高く掲げて微笑むと、遠くを見つめる天狗に跳ねるようなお辞儀を贈った。
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