昼の入口
「てめえ、いい加減ぶっ潰すぞ!」
「それは構いませんが、今日の仕事はきっちりこなしていただきますよ」
スイと名乗った翡翠色のハルピュイアとルーシィが昼の区画に踏み入って、まず聞こえたのはそんな二つの男声だった。
距離があるらしく、あまりはっきりとは聞こえなかったが、前者はひどく粗野な印象で、後者はやけに穏健な印象。
その声に混じり、太鼓らしき音が一定のリズムで響いている。
「お、喧嘩か?」
スイはどこか浮き立った声でそう言うと、大きな翼を鮮やかに広げて地を蹴った。
重さというものをまったく感じさせない動作で、ハルピュイアは軽やかに宙に浮く。
ルーシィはそれを見上げようとして、照りつける日差しの強さに目を細めた。
前方の道は緩やかなカーブを描いており、争う声はその更に向こうから聞こえてくるらしい。
「ちっと先に見てきてやるよ。ルーに何かあったら、衣華ちゃんが心配しちまうからな。先遣隊だ。純然たる先遣隊」
「それはありがたいんですけど……どうして嬉しそうに爪を剥き出すんですか」
「んー気のせい気のせい。乱入とか三つ巴とか一人勝ちとか漁夫の利とか、ぜーんぶ気のせい」
スイは更に上へ舞い上がるとなめらかに降下しつつ滑空し、翡翠色の軌跡を描いてカーブの向こうへたちまち消えていく。
かなりのスピードが出ている。
ルーシィは、既に見えなくなったハルピュイアを追いかけようと、すっかり馴染んだ編み上げブーツの踵を鳴らして駆け出した。
「何だてめえ!邪魔すんな!」
「ああもう、女性にそんな口を利いてはいけません」
聞こえてきた会話から察するに、スイは早速目標に接触したのだろう。
ルーシィも走る。
目標に近付くにつれ、最初は太鼓だけだった音が、明確な音楽に変わってくる。
いくつもの笛の音、高く鳴る鉦の音、時折響く鼓の音。そして、リズムを刻む太鼓の音。
「これ……お囃子?」
ルーシィは立ち止まって呟き、そして頷き納得し、更に改めて口にする。
「そうよ、これは、祭り囃子」
実際、辺りの風景にもそれらしき変化が見てとれる。
果てしなく続く石畳と西洋建築の街に、まるで不釣り合いな無数の提灯が見え始めたのだ。
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