clock.12

キキの瞼がゆっくり上がり、僕は安堵の息を吐く。

時刻は朝の八時を過ぎて、現在位置はキキの部屋。
こんな時間まで、眠っていたのは珍しい。と言うより、初めてだろう。

白いカバーの枕の上に、白い小さな顔がある。
枕元には、目覚まし時計とさらに古びた懐中時計。

「……んん……あ、よーちゃんだ」

「おはよう。よく寝てたね」

キキは起き抜け特有の、朦朧とした笑顔を見せる。次いで目覚まし時計を見、「寝過ごしちゃった」と飛び起きた。

「よーちゃんのお見送りしなくちゃ」

「あ、ちょっと待った」

僕はキキをその場に立たせ、寝間着を絡げて肌を見る。
胸、腹、背中、両の脚。白いばかりの幼い肢体。

ひとまず異常はなさそうだ。

「よーちゃんよーちゃん、古い方の時計を取っていただけませんか?」

「どうぞ、お嬢様」

僕はちょっぴり笑った後で、枕元にある懐中時計を掴み取る。年季の入った代物で、今は壊れて動かない。

実は彼女の父親が、失踪前に残したものだ。
その前は、骨董商の祖父の持ち物だったと聞いた。

初めてよく見る時計の蓋には、精緻な模様が彫ってある。

――いや違う。

僕はこの絵に、見覚えがある。

「よーちゃん、どしたの?」

「これ、大日如来だよね?」

まわりに八つの仏格従え、中心部分に大きく彫られたその姿。指の形は違えども、堂々と坐した大日如来。

不思議な一致だ。

真言宗の孤月寺。
本尊は、大日如来の胎蔵曼陀羅。

「そうなの?よくわかんないけど、おじいちゃんはこういうのばっかり集めてるよ。
普通のお皿やツボや掛け軸はすぐ売っちゃうのに、仏様がついてるのだけは絶対売らないの。好き、なんだと思う」

「……ああ、だからうちの爺ちゃんと仲良かったのか」

僕と彼女の互いの祖父は、戦時中からの友人らしい。部隊が同じであったとか、「話が合う」とは聞いていたのだが。

「戦争中に仏の話ね……」

救いようのない話だが、二人して生きて帰ってきたのは、確かな事実だ。神も仏もあるのだろうか。信じた者は救われた?

キキはきりきり、壊れた時計のネジを巻く。動かないのは明らかなのに。

「あ、よーちゃん、時間平気?」

「平気……じゃないね。でも、大丈夫だよ」

「どういうこと?」

「何とかなるってこと」

僕のことならどうにでもなるが、キキの場合はどうだろう。

晴れない思いを引きずって、僕は彼女の大きな目を見て微笑んだ。





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あきゅろす。
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