[携帯モード] [URL送信]

戸籍課
8.

午前中、その日に限って、婚姻届に、出生届け、更には熟年離婚に悩むご婦人と、伊東の担当する戸籍課はこの時期にしては珍しく賑わいをみせていた。
そのため何時もより30分ばかり遅くなった昼食をとるために急ぎ足でコンビニへ向かった。


「伊東さん!奇遇ですね」


尻尾が見える、幻覚か、いやそうであって欲しい。
朝、気楽に考えた自分を酷く恨む、
否、他の職員が昼食のため窓口を後にするなか、気にするふうでもなく旦那について延々と愚痴を零して、結局はすっきりとした顔で帰って行った、ご婦人を恨もうか、
公務員には定時ピッタリ!という謳い文句まであるというのに、
とにかく何かを理由にしなければやっていけない、と、伊東は目的地、コンビニを目の前にした横断歩道で、九十九に言わせれば運命の再会を果たした、
もちろん、その相手は昨日から続く諸悪の根源で、手をぶんぶんと飼い主の帰宅に喜ぶ犬の尻尾の様に振ってきた九十九にだ。


「お昼ですか?ご一緒しましょう」
伊東の眉間に刻まれる深い皺など気にぜず、九十九はにっこりと笑って伊東の進行方向に立ち塞がる、
その眩しい笑みに通りすがりのOLが頬を染めたのを見て、伊東は益々皺を濃くした。

「貴方、その荷物営業回りか何かの途中でしょう?」
「いいんです、伊東さんとのひと時のが何倍も、比べるのもおこがましいほど大切です!」

鈍く銀色に輝くサラリーマンが持つそれと書類が入っているであろう茶封筒をあろうことかその場にぽーん、と投げ捨てた。

「あ、」

いっそ、気持ちのいいくらに投げ出されたそれがあの離婚に悩むご婦人の旦那様に重なって見え、僅かばかりの同情を込めてあの書類の往く末を考えていると、九十九の背後から、驚愕と絶望とが混ざりあった叫び声が聞こえた。

「つ、つ、つづら、くん!」

まさに顔面蒼白、その四字がお似合いだと万人が答えそうな程声を震わせ九十九が投げ捨てた鞄と書類を拾いながら点滅信号を渡るその人は九十九の大型犬、若しくは肉食獣とは違う、小型犬を思わせる雰囲気を纏っていた、
しかも箱入り娘のように可愛がられる方ではなく、
自らを捨てた飼い主を追って何千メートルもアスファルトを駆ける、不憫な小型犬の方だ。



[*前]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!