戸籍課
6.
「伊東さん、俺、一目ぼれって初めてなんです」
赤信号でピンクの小柄なボディが停止線ピッタリに止まる。
先を急ぐ会社員や学生たちを横目で眺めていると、
幼子に語りかけるような優しい口調で九十九が音を繋いだ。
こんな優しい声出せるなら、あんな小学生みたいなしゃべり方しなくてもいいのに、
横顔に突き刺さる視線にぎこちなく顔を向き直すと真っ直ぐに伊東を捕えていた。
「誰にです?」
「伊東さんに決まってるじゃないですか!」
ジリジリと眦を決する。
「あなた、ホモなんですか?」
「どっちかというとバイ、ですかね、」
伊東を捕える眼がギラリと肉食動物のソレに見えて、畏怖に似た感情が伊東を襲った。
これは、この目は、
尻尾を振って纏わりついてきていたのが実は忠実な犬なんかじゃなくて、
眼下で怯える獲物の喉元を今にも噛み切ろうとする狼の、その目だ。
「っ、私にそのような趣味はありません、もうこちらで結構です、下ろしてください」
信号が青に変わる寸前にドアを乱暴に開け、九十九の車から体半分、飛び出した。
「伊東さん、俺、諦めませんからね」
九十九の支配した空間から脱げ出す手前、再び捕えられた。
一言、後、あっ気なく、解放され、残り半分抜け出したところで振り向けば、
既に肉食獣は形を潜め、また犬のように愛らしい眼をして手を振ってくる九十九が伊東はますます分からなくなる
「送ってくださりありがとうございました。」
バン、と背後でピンクの塊が悲鳴をあげた。
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