小説
『人形操り』
その怪談は、どうやら市の東からひろがったらしかった。
ここいらは昔からやれ狐に化かされた、やれ昨日は火の玉を見ただのと、あやしげな話が絶えない。
とくに東のほうは山の近くだからか多いようで、噂に疎い赤座でさえよく話を聞く。
噂を聞いた日はレポートの提出も終わり、赤座は幾分か鞄が軽くなったような気さえして、足取り軽く駅へ向かっていた。
そこに聞こえてきたのが、人形の噂だった。
山の山道へと続く道に、人形が立っているらしい。
人形といっても洋風の、ヒラヒラした美しい服を着た可愛らしい人形などではなく(それも怖いとは思うが)、雛人形の左大臣や右大臣のような着物に、弓矢刀を持つ男の人形。その大きさは三歳児ほどで、きれいな顔はしているものの雰囲気が怖いと言う。
人形が外にある時点で雰囲気が怖い以前に十分怖いと赤座は思った。
なぜ、そこに人形がいるのかが無性に気になる。
たとえ噂だとしても、流れたなら流れただけの出来事、理由があるはずだ。
赤座は気づけば、その山へと向かっていた。
☆…☆…☆
怪談、都市伝説、噂。
たとえば教訓を形にしたものだったり、実際の事件を受けて流れたものだったり、誰かが何となく口にしただけのものだったり。
しかし完全な創作でない限り、話のもととなる何かは存在する。
それが赤座の考えだった。
問題は、本当に話そのままに存在していた時は、どう接すればいいのかということである。
人形が、目の前にいた。
闇に沈んでいく周囲から、人形はひどく浮いていた。
何かを待っているのだと、なぜかそう思った。
一人たたずみ、誰が来ても、どんなに騒がれても、人形は待っているのだ。
ときおり、溜息をつくように人形はうつむいた。
どうやら、ずいぶん長く待っているらしい。
初夏とはいえ、ときおり肌寒く感じることがある。人形だから寒さは感じないだろうが、しかし夜露朝露や、もしかしたら降るかもしれない雨は身体を傷めはしないだろうか。
赤座は少し悩んだが、鞄から折り畳み傘を取りだし。
「えい!」
傘を人形の近くに放り投げ、脱兎のごとく逃げ出した。
それから、人形の噂は聞いていない。
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