小説 【勘違い誘拐事件B】 「“蜂鳥”という密偵は、仕事を選ばないことで有名でしてね」 自分の過去を話し出す男に、蜂は溜息をつきそうになった。 よもや、自分の黒歴史を聞かされる日が来ようとは。 「石ノ国の密偵とは、情報を集め主に報告する者を指します。しかし、“蜂鳥”は特定の主を持たず、依頼されたら何でも調べた。それだけではなく、脅しや口封じも請け負った」 (ああ、やったなぁ) さらに言うと、成功したことはないが暗殺も請け負ったりしていた。失敗の理由はお節介な親友と兄貴分。さてトドメという時に毎回邪魔された。 「ところが、ヘマをして彼は死んだと言われていた」 (…確かに) とある大物政治家の暗殺計画を知ったのが事の始まり。そしてそれを阻止したのが“ヘマ”である。 結果“蜂鳥”は死んだことになり、“密蜂”として“箱庭”で再び密偵を始めることになり、紆余曲折を経て“蜂須賀保”になったのだ。 「“密蜂”という“蜂鳥”によく似た密偵がいるとは聞いていましたが、まさか本当に生きているとは」 「…」 「ああ、すいません。あなたには関係がありませんね。本題に入りましょう」 男は写真を蜂に見せた。 旧式魔術具の設計図を写真にとったものらしい。 「これを作っていただきたい。何に使うか、わかりますね」 「これは」 なんだろう? としか蜂には言いようがない。一般的な旧式魔術具なら設計図で判別がつくが、写真の設計図は細かいうえに複雑だ。 しかし、相手は沈黙さえも良い意味に受け取ったらしい。 「ええ。この部屋にかけた術式無効を、半径3kmまで可能にするものです」 「…何に使う気だ」 「知る必要がありますか? お礼は弾みます。あなたは、ただ作ればよいのです」 なるほど、分かってはいたがろくでもない一件らしい。 「お引き受けいただけますね。それでは、工房に」 「いやいやー、多分引き受けないと思うわ」 「…?」 蜂はようやっと外れた縄を放り投げ、足の縄もあっという間に外した。 「なっ」 「初めましてこんにちは。あなたの町の運び屋“蜂須賀”でございます」 「蜂須賀…!?」 立ち上がって軽くストレッチをし、にやりと笑う。 「写真くらい用意しとかねー? 髪が白いってだけで確定はだめだろ」 男はばっと身を翻して部屋から逃げ出そうとした。しかしそれを見逃すはずばない。 「はいダメー」 「ぐはっ…」 回り込んで鳩尾に一発。上体を崩したところを転ばせて、背中のど真ん中を膝で押さえた。 「仙は確実にあんたらの依頼を受けない。あいつ意外と仕事選ぶんだよ、昔の俺と違って」 「本当に生きていたのか!」 「あ、やっぱ追い詰める為の話だった? でも友達の秘密ってチョイスは微妙じゃね?」 さて、と蜂は投げ捨ててあった縄を拾った。手早く縛り上げて、男の上着から貴重品を取り上げる。 「勘違いして俺を誘拐…というか拉致? したのが間違いだったよなぁ。帰るついでに計画調べてバラしてやるよ」 「貴様…!」 「人の黒歴史べらべら話してくれた礼だと思って、ありがたく受け取ってくれ」 つまりは八つ当たりである。 あっかんべーとやってから、蜂は扉から出ていった。 ☆…☆…☆ 『おお、そういえばおったなぁ』 画面の向こうの職人は、なにやら薄暗い場所にいた。仙が交流を持つ、数少ない魔術具職人の牧村である。 『なんや怪しいやつでのぅ。ワシが断ったら誰か紹介せぇ言うんや』 「…俺を紹介したのか。というかお前どこにいる」 『紹介しとらんわ。あんな怪しいもん人に回せるか』 「じゃあなんでだ。あと本当にどこにいる」 時折響く爆音が耳に痛い。 なにやら怒鳴り声や泣き声まで聞こえてくる。 『“ホーム”じゃ“ホーム”、石ノ国ではないがの。紹介はしとらんが、作れるやつはおらんかと聞かれた』 「…なんと答えた」 『数年前まで上級市民街におった職人なら出来たかもしれんなぁ、とは言った』 確かにそこから特定は難しいだろうが、それでもその人物は仙にたどりついたのだ。 『設計図見たからの、ワシを捕まえときたかったらしぃが…この通りな状態やからな。助かったわ』 「危ないと思ったら通報くらいしろ」 『依頼品なにか気にならへん?』 「…なんだ」 『旧式魔術具を使った大規模術式無効化装置』 懐かしぃよなぁと、そう牧村は笑う。 『東徳師匠のとこにいたとき、同じような話、したやつおったよな?』 「…あの馬鹿が関わってると?」 『センスの欠片もないややこしい設計図だったでぇ? んなもん作る知り合い、ワシには一人しかおらん』 「確かに、術式のみの完璧を求めてはいたな」 『じゃろう? 作る側使う側は総無視。しかも結局、設計も作るのも同期のワシらには敵わんときた』 そういう鬱憤のせいで最終的に仙は恋人を盗られているわけだが、それはともかく。 『ま、本当のところは分からん。ちゅうか、自分の友達は大丈夫か?』 「大丈夫だろ。そう簡単にはくたばらない」 『ほほーぅ』 「なんだ」 『次帰ったとき遊び行くわ。そこまで信頼しとるってのは気になるし』 仙が口を開こうとしたとき、ひときわ大きな爆音が画面の向こうで響いた。 「…帰れるのか、お前」 『今の音は味方や。じゃ、そろそろ戻る』 「分かった」 『じゃあな』 ピースサインのドアップを残して、通信は切れた。 「…とりあえず、月雅達に連絡するか」 ☆…☆…☆ 続く [*前へ][次へ#] |