小説 【勘違い誘拐事件A】 仙というやつは、とことん外出しない。 一昨年の終わりから去年丸々、つまり蜂が引っ越してくる前後はよく外出していた。否、外に出ざるを得なかった。 その反動もあって、今年も半分は終わったのに10回ほどしか家から出ていない。 だからこそ、訪ねてきた仙の姿に、灰神楽は嫌味も忘れて目を点にしていた。 「…言いたいことがあるなら、言え」 「…明日は雨ですね」 「二人とも喧嘩は後だよ」 嫌みやら皮肉やらをとめると、月雅は灰神楽を見上げた。 「蜂が行方不明だよ」 「今さっき知りましたよ。荷物を頼みにいった団員が聞いてきました」 「さらわれた可能性がある。ガキらが怪しいのを見てるけど、そっちに情報は?」 「大袈裟な。蜂は子どもではないですよ。1日や2日姿が見当たらないくらいで…」 「蜂の得意先には陣内先生の診療所がある。薬品類の補充は今日の予定だよ」 南区唯一の診療所は、大病とまではいかないが薬が必要な病人を何人か抱えている。 そして蜂には、自分がその人達の補給路だという自覚がしっかりあった。 「それでも、遊びに行ったんだって言える?」 「……不審者とまではいきませんが、見慣れない顔は目撃されています」 「職質はしたのか」 「しっかりした身分証明書を提示されたと。控えはとってあります」 「…月雅。宴と一緒に目撃情報をまとめてくれ。職質をされたなら、その後は裏道を中心に歩いた可能性が高い」 仙はそう言うと歩き出した。 「仙?」 「知り合いの魔術具職人に話を聞いてくる。南区に魔術具職人がいることは、同業者しか知らない」 「君は馬鹿ですか。蜂が見当たらなくなって2日。さすがに人違いと気付くはずです」 「そうだよ。一人は…」 仙は立ち止まって二人を振り返った。白髪からのぞく目が、呆れたように二人を見ている。 「バレたら自分が殺される。そんな状態の時に、あいつはそんなヘマをしない」 ☆…☆…☆ 「魔術相殺とは、手が込んでいるな」 「あなた様は、凄腕の魔術師とお聞きしておりますので」 「魔術師としての評価のほうが職人としての評価より上とは、俺も修行が足らんようだ」 「いえいえ。南区の職人は素晴らしいと、大変評判ですよ」 それ俺じゃねーし、というのは飲み込んで、蜂は相手を観察していた。 一言で表すなら平凡。どこにでもいそうな男は、しかしかなり念入りな準備をしている。 部屋全体に魔術相殺による術式無効のまじないがあるため、手持ちの術具では脱出できなかった。 疲れていたとはいえ簡単に拉致されたこととも照らし合わせれば。 (密偵か…) 目の前の男か、その仲間が元同業者である可能性が高い。 「そういえば、天原様には仲の良いご友人がいらっしゃるとか」 「…俺に友人がいたらおかしいか」 「いえいえ。ただ、懐かしいと思いましてね」 「…?」 男はにっこり笑った。 まさかバレてるのかと身構えるが、男の口から飛び出したのは予想外の言葉だった。 「蜂須賀保…彼が“ホーム”にいたころは、散々煮え湯を飲ませれましたので」 (…こいつ) “蜂須賀”にも、“密蜂”にも、“蜂”にも、“ホーム”への渡空歴はない。 「“ホーム”に行った話など、聞いたことがないが」 「やはり、ご存知ない?」 「なにがだ」 とすれば、あと残る可能性は一つだけ。 「天原様のご友人、蜂須賀保。それは彼を雇った議員が用意した名前ですよ。彼の本名は、“蜂鳥”」 今は二人しか呼ばない名前に、それが目の前の男が口にしたことに、嫌悪感を覚える。 「“ホーム”にある我らが母国。石ノ国の裏社会で恐れられた、忌まわしき密偵ですよ」 [*前へ][次へ#] |