メフィスト
血が出れば元気
 少し悩んだけど、授業に出ることにした。

今の俺には、楽しいこと全部が苦痛だった。
 どの道誰かといるよりも、心を取り戻すのが先だろう。

河辺にも、なっちゃんにも、傷のことは触れられないようにしなければいけない。このハサミも、心の表層錆び付いた部分を削りとって新しくするために必要な道具。

質問に合わないためにも休み時間はまたここに来ることを決めて階段を降りた。

 その後、腕をちらちら確認しないように気を遣って授業を受けた。
河辺に冷たくあたるのも、俺の心の代わりが一切無いからだった気がするけれど、自傷を始めたら少しマシになっていて、いいことしかない。

ま、あの本を見たら発狂するかもしれないが。

今はただ、つらくなったら皮膚を切って、怖くなったら道を走って、悲しくなったら寝る。

 それで充分だったし細かいことを考える余裕もない。

俺は知った。
心が痛いとき、自傷を深くすると、反動で他人にちゃんと優しくなれること。
今はこのくらいの痛みでもないと、なくなった心を探して迷ってしまうから。昼休みは、なっちゃんと教室で弁当を食べていた。
「最近なんか元気になってきたよな」
と、彼は俺を安心したように見た。
「わかる? いいことがあってさ」
 身体を傷つけていたから俺はあまり態度に出すことがなかったらしい。
「昨日とか、なんかすごい辛そうだったから、見てられなかったけど、もう平気だな」

「あの、さ。俺……」

なっちゃんが、好きだと言ってくれたことを、思い出した。

「あぁ。いい、いいって。幸せなら。今まで通り、こうしてるだけでも」

返事を言おうとして、遮られたので、だまってたまごやきをかじった。

(気を、遣ってくれているんだな……)

なんだか嬉しい。

嬉しい、と感じた経験は久しぶりで、俺の精神環境が少し改善していることを表してる気がする。

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