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子供と大人リヒター




朝の霧がかった甲板で湿った風にふかれているとき、気配もなく背中にかけられた低い声。
この人が自分から誰かに話かけるなんて珍しいなんて思いながら振り向けば、いつものように堅い雰囲気の当人が壁に寄りかかり腕組みしてこちらを見下ろしていた。

「おはよう、リヒター早いね!」
「寝坊助のお前に言われたくないがな」

いつもは起こされないと起きてこない癖に、と含みのある言い方だった。やっぱり少し苦手な人だとクノーは口を尖らせてリヒターを見上げた。視線の先の瞳は、初めて出会った時と変わらず冷たい色をしている。
ただ、人間に比べて非人間には多少の堅さを解いている気がしないでもない。

「寝ていられないワケでもあるのか」
「!」

その一言にクノーは肩を揺らした。リヒターはその様子を見て舌打ちし、足すように言葉を繋げた。

「…普段が騒がしい奴ほど黙ると気味が悪い」

クノーはたまに日が昇らないうちに目が覚めることがある。理由は分からないが、息苦しさを覚えて眠りを妨げられるのだ。そんな時クノーは何となしに甲板に足を運びたくなるのだ。
リヒターは、表情を強ばらせたまま口を開かない幼いディセンダーを一瞥し、霧が濃く何が見えるわけでもない甲板の外に目をやった。

「お前は、悲しいとは感じないのか」

突如、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさが蘇ってきたクノーは、ギシリと歯を食い縛っていた。この人の言葉は、まるで脳天を射抜くような鋭さがある。恐怖とはまた違う居心地の悪さ、これは一体何だろう。

「悲しく感じないのかって、なに」

喉が震えるのを耐えつつ、クノーは声を絞り出した。その問いにリヒターが視線を戻してみれば、彼は目を疑った。
見たこともない目をした少女が目の前にいたからだ。その只ならない雰囲気に、嫌な汗が流れる。この少女は誰だ…。

「私は…悲しくない」
「!」
「どんなことがあったって、悲しくない」

その言葉にどれだけの意味が詰まっているか、溢れんばかりの彼女の“怒気”が物語っていた。
そしてリヒターは何故クノーが“怒っている”のか気付いた。

「悲しいかなんて、どうして聞くの!」

今度こそリヒターは目を驚愕に染め上げた。
クノーは本能的に感じたのだ。リヒターの言葉に込められた意味の裏側、彼の言いたいこと。
『この世界の実情を、お前はラザリスのように悲しいと思わないのか』
そこに含まれた意味は、全て“人”という存在への侮蔑が込められていた。

「人の営み、人の想い、人の過ち、人の争い…全てが繋がって、今がある」

過去は消えず傷跡のように今という時間の枷になる。しかし、その枷を外そうとする努力がまた先の未来を繋ぐ。
その連鎖があるからこそ人は歩み続け、世界は彼等を支え続けるのだ。

「そんな言い方ってないよ!!」

クノーは一喝した。
心外だったのだ。いくらリヒターが人を忌み嫌っているとしても、このようなことは見識があり思慮深い彼ならば分かっていることなのだ。だからこそ、クノーは癇癪を起こした。
彼がこのような形で自分を試したことが、我慢ならなかったのだ。

「…俺はお前を甘く見ていたようだな」

クノーの剣幕にあてられ固まっていたリヒターは、視線を傾かせて瞼をふせた。
己の質問が浅はかだったと自嘲したくなるほど、ペリドットの瞳は真っ直ぐだった。
このディセンダーは弱音を吐くような性分じゃない。分かっていたことなのになと、リヒターは苦笑した。
するとそんなリヒターの様子を見たクノーもようやく気持ちを抑えたこんだように、震える息を吐き出した。そこにちいさな嗚咽が混じっていることに、リヒターは気づいて瞼をあげた。

「お、おい…ッ」
「リヒター、の…ばかあああああああああ!」

慌てて少女を宥めようと手を伸ばしたが時既に遅く、席を切ったようにクノーは泣き出した。これにはリヒターも瞠目するしかなく、船内にも届きそうなほど大きな声で泣きじゃくるクノーの前に膝をついてしゃがみこんだ。
張りつめた糸が切れたのだろう。先刻の怒りの感情の反動が大きく、当分は泣き止みそうにない。
だから子供は嫌いなんだ、とリヒターは頭を抱えたくなるが原因を作ったのは自分である。泣き止むまでは面倒をみるしかなさそうだと、諦めてクノーを見守ることにした。
抱きしめるとか背を撫でてやるだとか、そこまで気の回らないにしても、彼にはこれが精一杯の思いやりだった。

「苦しい、苦しいよ…ッ」
「…クノー」
「辛くて、苦しくて、目が覚めるの…!」

こんな子供が世界を背負って闘っているというのに…その苦しみさえ分かってやれない。
勇気を出して握りしめた少女の手のひらは、小さくて暖かかった。



子供と大人
(立ち振舞いは幼子のように柔らかく)(目は背丈のある成人より多くを写す)


__________
どうして…思い通りに話が進まないのorz
リヒターさんのツンデレ甘が書きたかったのに…あの人は女王ゲホゲホ…女神さまだものな←

世界観に少し視点を移してみました。
目が覚めてしまう理由としては、やはり色々と世界の問題について感じ取っている兆し。考えれば考えるほど辛い現実に心が落ち込む。けれど本質はちゃんと分かっているので、ディセンダーが人に怒りを向けることはない。
そこのところを今回リヒターにつっつかれて、馬鹿にすんなよと怒ってしまった。という…
もっと詳しい話も書きたいです^^

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