*
カンセルの言葉が頭をよぎった。
“涙さえ、流さずに”
私が泣かなかったのは、
泣けなかったわけじゃない
知らないうちに、
泣く場所を、決めていたんだ
「そっか…だからか」
ザックスと一緒に、泣きたかった
ザッ…
濡れた地面をこする足音。
それは背後で立ち止まった。
淡い期待が胸を浮かす。
しかし、それはまたもとの位置まで沈む。
振り向いたそこには、真っ黒なスーツを着た、赤髪の青年が立っていた。
彼も自分のように傘はさしておらず、多少息が上がっている様子で肩を上下させている。
何も言わずに、じっとそれを見つめていれば、彼は口を開いた。
「何してんだ、傘もささないで」
自分だってそうじゃないか
人のこと言えないだろうに。
そこまで口に出す気力もなく、視線を外した。
「風邪ひいちまうぞ、と」
ポンと、濡れた髪をしっとりと撫でられる
ねぇ、お願い
そんなに優しくしないで
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