… 短編集 …
君の元へ/土方
「…副長ぉ…」
かけられた声に首だけを捻り僅かに開いた障子の向こうに私服に着替えた一番隊紫野の姿を確認する
規模は小さいが自ら指揮を取らず隊士逹を捕物に出していたせいで、ざわついていた気持ちがその瞬間穏やかさを取り戻した
「皆、無事に戻ったか?」
「…はい」
「そうか、」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で返事をし俯いた紫野の表情には影が差し、それが報告をしに来た訳では無いと知っている
仕事だとは言え人を斬らなければならなかった事への罪悪感…
そんな気持ちをひとりでは払拭出来ず、捕物の後は、いつもこうやってここに来るのだ
筆を置いたのを確認したのか室内へと入り、ソッと障子を閉め俯いまま背後へ座る
近くまで来ると濃い石鹸の匂いが鼻を掠め相当な数を斬って来たのだと教えてくれる
「ご苦労だったな、」
煙草を灰皿へと押し潰すと、それが合図だったかの様に背中へと抱きついて来た
「…紫野、」
腹部へと回された腕が少し震えている
「怪我はしてねぇか?」
「…。」
「刀、手入れに出しとけよ、」
「…。」
問いかけにコクリと頷くだけだの紫野の手をそっと握ってやる
「……たく、な、い…」
「大丈夫だ、」
「……死にたくっ、ないっ…」
「お前ェは簡単に死ぬ様なタマじゃねぇって、いつも言ってんだろーが、」
俺の背に顔を押し付け抱きついた腕がぎゅうと力を増す
「…あんな風に、いつか斬られて、ここへ、帰って来れないんじゃ、無いかって思うと…」
“怖い…”
捕物の後はいつもこうだ
女ながら一番隊の副隊長を任せられ、総悟に安心して背中を預けられるとすら言わせる腕を持ちながらも現場で斬った相手に己の姿を写し見ては、罪悪感に苛まれ、こうして弱さをさらけ出す
「ンな弱音吐いてるようじゃ、一番隊の副隊長は任せてらんねぇな、」
恋人としては、もっと優しくしてやりてぇ、
しかし、上司としてはこれくらいは言わなければなるまい
押し黙る紫野に、“だがな”と続ける
「帰る場所のある奴ァ簡単に死ゃしねぇんだよ。お前ェには、それがあんだろーが?」
“俺が居んだろーが、”
紫野に向き直ると、ぎゅと腕の中へ愛しい温もりを閉じ込める
お互いが明日をも知れない世界に生きている
俺だって、やっと手に入れた、この温もりをいつ失うか知れねぇことが怖い、怖くて堪らねぇんだ
「紫野…死ぬかもしれねぇなんて考えんな、俺ンとこへ意地でも帰るんだって思え、」
「…土方、さん…」
「それでも怖ェってんなら、お前ェが帰らなきゃ俺が他の女のモンになると思え。そうしたら斬られて死んでる場合じゃねぇだろ?」
「なっ!ってゆーか他の女ってっ!?そんな相手居るんですかっ!?それ誰っ!?その女今すぐ刻んでやるっ!」
俺の言葉にバッと目を見開き顔を上げ真顔で言いやがるから笑える。
「バーカ、そんな事したらお前ェは俺も刻みかねねぇだろーが、」
クツクツと喉で笑いながら例え話だ、と口づけを落とす
しかし、コイツ相当俺に惚れてんだな
いや、俺だって自分でも馬鹿じゃねぇかって思うくれーお前ェに惚れてる
だからそんなこと有り得ねぇけどよ、
「生きることだけ考えろ。俺だって死神斬り刻んででも絶てぇお前ェンとこへ帰って来てやっから、よ」
「本当に?」
「あァ、」
「絶対、約束ですよ?」
「あァ、約束だ、」
お互いを確かめる様に抱き締める腕に力がこもる
今ここにあるの愛しい温もりに誓おう
必ず君の元へ帰ると…
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