… 短編集 …
禁煙令/土方
片手で頬杖をつき、もう片方の手で残り少なくなった徳利から猪口へと冷めきった酒を注いで、通い馴れた飲み屋のカウンターで、ひとつため息をつく。
「今日は何だか浮かない顔してんねぇ?紫野ちゃん、」
視線だけをカウンターの中のオヤジさんに向けると“もう一本つけるかい?”と聞いかれた。
熱燗で、とだけ言って普段は吸わない煙草に火を点ける。
ふぅ、と煙を吐き出した紫煙の向こうに浮かぶのは副長の顔で更にため息をつく。
副長と同じ銘柄のパッケージを睨み不覚にも惚れてしまったらしい自分に呆れるしかない。
まぁ、あの容姿に仕事もできるとなれば味覚崩壊のマヨを差し引いても一般的には惚れない女が居無い方がおかしいかもしれない。
だが、女を捨てて真撰組に入った私が、だなんて…
本当に不覚としか言い様がない。
「はいよ、お待ち。」
目の前にトンと置かれた徳利にじっと見入り、さて、どうしたものかと頭が痛くなる。
指先で吸わずに半分以上が灰になった煙草を灰皿へと押し付けると、それすらも日頃の副長と行動と重なり、かなりキてると思う。
まさか鬼と呼ばれる副長に想いを伝える訳にもいかず、自己消化するには近くに居すぎるし重症過ぎて、それに費やす時間すら計り知れないだろう。
後ろでガラリと扉が開いて新しいお客の登場らしいが、オヤジさんと話す、そんな声すら意識の端に引っ掛かりもしない。
目の前に置いた煙草の箱を掴むと軽く、もう空にしてしまったのかとクシャリと潰して無意識にしても吸いすぎたと反省する。
すると左隣から同じ銘柄の煙草が差し出された。
誰かはわからないが、この人も副長と同じ銘柄を吸うのかと思いながら
「…すみません、吸いすぎたんで、もう…」
そう言って差し出された方を見ると見覚えある黒い着流し姿。
「要らねーのか?」
「副長!?」
「珍しいな、紫野が1人で飲んでるなんてよ、」
そう言って、ふっと笑った副長にドキリとする。
「…私にだって、1人で飲みたい時はあるんですよ…」
“そうか、”とだけ呟いた副長は猪口を口へと運んだ。
貴方の事で悩んでるから1人になりたいんです、なんてとても言えないけど…
「お前、明日も早ェだろ?程々にしとけよ、」
はぁ…
人の悩みも知らないで貴方はなんと無自覚に、いつも優しい言葉を私にかけるのか…
「…そうですね。それじゃあ、もう帰ります。副長はごゆっくり。」
酔った勢いで余計な事を言ってしまいそうな自分のためにも、今は副長と一緒に飲むなんて到底できないと席を立つ。
オヤジさんに勘定をしてもらい“では、”と軽く頭を下げ店を後にした。
少し歩き店から僅かに離れた場所で1月の冷えきった夜空を見上げると空気で冴えているのか星が綺麗だ。
はぁ…
今日何度目のため息だろう、
「…星、綺麗だな、」
不意にかけられた声に驚き振り返ると薄く笑んだ副長が立っていて、くわえられた煙草の火が落ちて来た星の様に思えた。
「…副長、なんで…?」
「いくら、お前ェが真撰組隊士で普通の女よりも強ェからって、夜道を女ひとり帰す訳には行かねぇだろーが、」
この人はどれだけ罪作りなんだろう、私を女扱いして諦める事すら許さないと言うのか…
「しかし、寒ィな、」
そう言って腰に回された手に心臓が飛び跳ねる。
「ふ、副長っ!?」
「お前、煙草辞めろ、」
「は?」
何を言うのかと思えば煙草の話
「日頃は吸いませんし、副長ほど数も吸いませんから…、と言うか副長!手っ!離して下さい!酔ってるんですか!?」
自分の事は棚に上げて人の心配に託つけてセクハラかと僅かに目で反論してせみる。
好きな相手なのだから嫌な気はしないが普段の副長からは想像できない行為が、いきなり過ぎて恥ずかしい…
「あんなくれーで酔うかよ、煙草ってぇのは辞めても何年かは身体に残留するらしいぜ?お前ェも、いつかは子供産むんだ良い機会だ辞めろ、」
「子供ォォオ!?何でそんな話に!?飛躍し過ぎですし、そんな予定も無いし、ましてや相手も居ないのにっ!!」
副長の突拍子もない言葉に慌てふためく
「相手居ねぇのか?」
ニヤリと笑って、さらにきつくなった腰に回された手の力と副長の近い顔に更に鼓動が早くなり、言葉が詰まる
「居る訳、無いじゃ、無い、ですか…」
副長が好きで悩んでるのに他の男なんて目に入るもんか…
「じゃ、これで最後にして煙草は辞めろ、俺の命令だ、」
その瞬間、副長の手の煙草は地面へと転がり、そのまま私の顎を引き唇が重ね合わされた
「んっ…!?」
副長の唇の端から、僅かに煙が漏れ苦味が口内に広がる
「紫野、お前、明日から副長助勤な、」
「…っ!、何するんですかっ!?って、えっ!?何で移動!?」
離れた唇から告げられたのは突然過ぎる移動命令で
“お前を手元に置いとかねぇと色々心配で俺の煙草が益々増えんだよ、”
「…じ、じゃあ、私が貰ったげます、」
「バカ、今辞めろっつたろーが、あァ?それともテメー、俺の子煙で燻す気か?」
「お、俺の子ォォォオオ!!!!!副長、やっぱり酔ってるでしょ!?いや、絶対酔ってますって!!」
「酔ってねぇっつってんだろーが、」
「…後で訂正ききませんよ?移動も、その…もうひとつも、」
「あぁ、上等だ、」
(で、何でひとりになりたかったんだ?)
(…それは、内緒です…)
(俺の命令だ、言え、)
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