… 短編集 …
同義語/土方
「紫野、茶。」
すぐ側まで来た紫野に湯呑みを差し出し、そう言うと普段はにこやかな女なのに、無言のまま茶を入れるとサッサと他の隊士逹の方へと行ってしまった。
「…何なんだよ、あいつ、」
ここ数日、俺に対して、ずっとあんな風だ。
何を怒っているのか、俺は何をしたのか…
さっぱりわからねぇ。
「遂に愛想を尽かされやしたか?土方さん、」
その様子を見ていたのか総悟がおもしろそうに寄って来た。
愛想を尽かされるも何も紫野は俺の女でもねぇし、ましてや俺逹は付き合ってすらいねぇ。
だからこそ、だ。
紫野の態度の理由がわからねぇ。
煙草に火を点け、そんな溜め息を吸い込んだ煙りと深く吐き出す。
「副長さん、ちょっといいかい?」
女中頭の富さんが言いにくそうに話しかけて来た。
「紫野ちゃんがね…、土方さんの担当外してくれって言うんだよ、何か心当たりは無いかい?」
上手くやってくれてると思ってたのにねぇ、と曇る表情。
どうやら知らねうちに相当嫌われちまったらしい…
「…そんなモン、俺が聞きてぇくれぇだ。」
自室へ戻ると室内に人影があり、何となく紫野だとわかる。
最近の俺への態度や担当を外れたいと言った事など聞きてぇ事が山程あった。
「オイ、」
障子を開けて人影の方を見ると、いきなり掛けられた声に驚いたのか持っていた新しい煙草の箱が零れ落ちた。
だが紫野は何も言わず、その箱を拾い上げ、いつもの場所に片付けると失礼しましたと俺の横をすり抜け部屋から出て行こうとする。
「待てよ、」
「…何で、しょうか?」
視線を逸らしたまま発せられる、よそよそしい言葉が何故か胸に突き刺さる。
「何で俺の担当を外れてぇんだ?何で最近そんな態度なんだよ?」
「…。」
「どうしても担当を外れてぇなら、俺の納得行く理由を言え、」
唇をぎゅっと結び俯くだけで何も言おうとはしない。
「そんなに俺の担当が嫌なのか?」
「…。」
「話したくもねぇくらい俺が嫌いか?」
「…っ!!ちがっ…」
「じゃあ、何だっ?」
苛立ちに思わず声を荒げ、その途端に涙を溢れさせた悲しげな瞳が俺を見上げる。
「…ふ、副長は結婚してしまうのでしょ?」
「ちょっ、ちょっと待て、何の話だ?」
「この間、松平様が、それまではトシを頼むって…、」
“それが悲しくて…”
とっつぁぁああんっ―ーーーー!!!!!!
あのクソオヤジ、余計な事言って変な誤解させやがって!!!!!
「結婚なんかしねぇよ…」
「でもっ…」
「確かに、とっつぁんから見合いの話はあった。だが断った。」
「本当に…?」
「世話焼きな古女房みてぇなお前の替わりに、幕吏のお嬢さん何かを俺が据える訳ねーだろっ?あ?」
「ふ、古女房って…」
つい言ってしまった言葉に後が続かず気まずい沈黙を生む。
でも何でコイツ、顔が赤ェんだよ?
「…兎に角、俺は結婚なんかしねぇし、とっつぁんが言った事は気にすんな。その…、紫野いつも良くやってくれて俺は助かってる…、だから…、担当外してくれとか、もう言うな、」
「…。」
「わかったな?」
紫野が頷いたのを確認して、肩から手を離すと逃げるようにバタバタと廊下を走って行ってしまった。
「…何言ってんだよ、俺は…」
頷いた紫野に少し安堵したものの、なぜか焦った自分に急に恥ずかしさが込み上げる。
「…古女房の同義語って知ってやすかィ?土方さん、」
「っ!?総悟っ!?いつからそこに居やがったっ!?」
障子に映った総悟の影をを見つけ、おもいっきり舌打ちをする。
「たまたま通りかかったら聞こえちまっただけでさァ。で、知ってやすかィ?」
「ンなモン知らねーよっ、」
「それはねィ…」
”恋女房“
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