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… 短編集 …
違反キップ/土方
ツーリングシーズンの到来を前にメンテだの何だのと客が押し寄せ、ここ数週間まともな休みも取れなかった。

人のバイクばっかいじって、ずっとほったらかしだった愛車のご機嫌ナナメを覚悟だったけれど…



ヴゥォォォーンッッー…



僅かな調整だけで良かったー。快調、快調。

アタシをちゃんと待っててくれた。



「あーんっ、やぱ、この音っ素敵だわっ。」



流線形に造形し直したライト

少しシャープに仕上げた真っ黒なフェアリング

心地良い振動のエンジン

低くく唸るマフラーの音



ダーリンは、ドコを取ってもホント、堪らなく素敵ーーーっ!!!!



「さぁ、今日は久々だから少し遠くまでデートしようかなっ。」

ちゅっと愛おしいバイクにキスをしてお気に入りの黒いライダースに身を包んだ私は颯爽と狭いガレージを飛び出す。

まだ少し夏の熱を含んだ空気が身体に絡む。

でも、それすらスピードと共に量を増す風と一緒なら心地良いとさえ思える。

早く狭苦しい街から飛び出して、思いっきり走らせてあげたい。

見慣れた街の風景と風が、どんどん流れて行く。



「オイっ!コラっ!そこのバイクっ!!止まりやがれっ!!」

不意に耳に飛び込んで来たバカデカい声。

えっ!?アタシ!?
そんなスピード出てたっけ!?

まだ街中だからセーブしてたはずなのにっ!?

けたたましいサイレンの音とミラーに写る真撰組のパトカーをすぐ後方に確認して観念せざるを得なかった。

つか、高々スピード違反に、なんつーデカい声出すんだよ!

ソコはやぱ真撰組だから?街の破壊だけに飽きたらず、音声で人の鼓膜まで破壊する気ですかコノヤロー!

仕方無くウインカーを出し左に停車をする。



あ゛ー、ツイて無いよ全くぅ…



外したメットから零れ落ちた長い髪と溜め息を後ろに跳ね俯く。



「免許証。」

バタンとパトカーの扉の閉まる音がし近づいて来た黒い足元が視界に入ると同時に不機嫌そうな低音が響く。



何でアンタが不機嫌なのよ?
違反者とっ捕まえて、ご機嫌なハズぢゃないの?

スピード違反だなんて足止めを食らって不機嫌になってんのはアタシの方だよーっ!

そう言ってやりたい気持ちをグッと抑え込み俯いたたままライダースのポケットから免許証を取り出し差し出した。



「…獅堂紫野、職業は?」

「エンジニア。」

「何のだ?」

「バイク屋の。」

「で、このバカデカいバイクって訳か?」

「そーですね。」

女のエンジニア何て珍しいなーとか、どーとかこーとか言ってるけどスルーしてやる。



そんなの、どーでもいいから、キップ切るなら、とっとと切って、早くアタシを解放してくれぇーっ!



「で、何を急いでたんだ?」

“デートか?”なんて鼻で笑ってる感ありありなセリフに更に苛立つ。

「違いますぅー。理由は違反と関係無いでしょー?お巡りさん。」

僅かながらの反撃。

ちょっとだけ嫌味っぽく言ってやる。

そうだよっ、デートだろうか無かろうがアンタにゃ関係無いだろっ。

「まァ、そうツンケンすンなよ。ただの世間話じゃねぇか。」

鼻で笑う感じとライターの音がした後、吐き出された紫煙が垂れた前髪にかかる。



煙っ、何?わざとか?わざとなのか?
あーもうっ!髪の毛に匂いつくだろーがぁぁっ!

こーゆーヤツに限って絶対嫌味な顔したハゲたオヤジに違いないんだっ。

とりあえず睨み付けてでもやろうかと顔を上げる。



「あれっ?!」

そう思って顔を上げたアタシは眼を見開いて固まってしまった。

ハゲてないしオヤジじゃない、イヤイヤそれどころか若くて結構男前…

予想を裏切られると共に、その真っ黒さ加減に見慣れた感じがして思わずガン見してしまう。



「あ?何だよ?」



素っ頓狂な声と眼を丸くした私に怪訝そうな返答。



「いや、え〜っと…、どっかで会った事ありません…よね?」

そう言う私に顔を向け眉間に皺を寄せた。

少し間があって記憶の検索が終わったのだろう

「ねェな。」

そう言って止まっていた手をまた動かし始めた。

「どっかで会った気がするんだけどなー…。」

「あ?お前、真選組相手に逆ナンか?」
“度胸あんなァ”

と、ひとり呟く私を、くわえ煙草のお巡りさんはククっと喉で笑った。

「逆ナン!?ま、まさかっ!?違いますよっ!!本当に、そんな気がしたんですってばっ!!」



バイクの車種や構造についてなら100%誰にも負けない自信があるほど記憶力は良いはずなのに、この真っ黒なお巡りさんは何故か思い出せない。

何処かで会ったハズなんだよ、ホントっ。

頭を捻り続けるアタシの目の前に青い紙切れが突きつけられた。

「ほらよ。」

ヒラヒラしたキップと一緒に免許証をアタシの前に差し出したお巡りさんからソレを受け取ると視線はバイクへと移った。

「違反スレスレの改造がしてあんなァ。ナカナカのモンじゃねェか。」

ぽんぽんとシートを叩きながら口角を上げ笑った。その表情は何だか優しくて黒を纏ってる癖に何だか爽やかな印象で取締をしてるお巡りさんでは無いみたい。



「あっ!あぁーっ!!」




「何だよっ!びっくりすんじゃねーかっ!」

いきなり声をあげたアタシにビックリ顔のお巡りさんの顔を指差し次にバイクを指す。

一瞬何の事だか解らなかったみたいだったが動いた指先の物体を確認すると


「はァっ!?知ってるってテメーこのバイクと俺を一緒にしてやがんのかっ!!?」
“ふざけんじゃねぇぞ!”

さっきの優しそうな表情は何処へやら…額に青筋立ててスッゲー睨んでくる。

元々広がってた瞳孔の広がり具合は3割増。

いや、それ以上かも…



マジ怖いんですけどーっ!



「あははは…」



ただ笑うしかなくて少し引きつった笑いのアタシ。



黒い髪に黒い瞳、黒い服装、全体的にシャープな印象…



うん、似てるよ。

うん、何か似てる。



「まぁまぁ、アタシの技術の集大成とも言える渾身の逸品に似てるって思ったんだから許して下さいよ。これでもかーってくらい愛情いっぱいで造ってあるんですから、ね?」

因みにお金もこれでもかーってくらいかかってますけど。

思いっきり笑顔で宥める様に言ってみた。

ダーリンを人間にするとこんな感じになるのかなー?何て少し思いながら。



「…チッ。まァいい。ソレ、ちゃんと内容確認しとけよ。」

そう言うと、お巡りさんは違反キップを顎で指しながら落下させた煙草をぎゅぅと踏み潰した。

「お巡りさんが道にゴミ棄てちゃダメなんじゃ?」

そのままの笑顔で言ってやる。


「煩ェよ、違反者が人に注意してんじゃねェ。」

“じゃあな”軽く手を上げパトカーに乗り込み去って行った。



“バイクに似てる”が頭から離れないアタシはパトカーが小さくなるのをニヤケながら見送った。



ふと違反キップが視界の隅に入り減点と罰金の最悪な言葉が脳内を支配した途端、ニヤケた顔も停止。



「あーあ、またゴールド貰えないのかー。」

二つに折られたソレを怖々開く…



「ん?」



『土方…?』



いやいやいや…
アタシはンな名前じゃないですけど?

ちゃんと免許証渡したよね?

おーい、真撰組ー?ボケかましてんのか?

そして適用欄には“見逃してやる その代わり今度飯でも食わねェか”の文字と携帯番号。



「な、何じゃコリャーっ!!」



全く…

人に逆ナン疑いかけといてアンタこそ職権乱用してナンパしてんじゃないよぉぉーっ!!



「ぶっ…あははははっ…」

途端に笑いが込み上げてくる。



一頻り笑った後、免許証とメモ代わりにされた可哀想な違反キップをポケットにしまい込んで再びバイクを走らせた。



でもアタシのバイクに似た真っ黒なお巡りさんは、ちょっと素敵だったかも?



(いやいや、アタシのダーリンのがずっと素敵だから。)

(デートから帰ったらかけてみてもいいかなー?)




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あきゅろす。
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