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carnation
夢を見た。
夢の中でも、夢だとわかった。
この世にいない人がそこに居たから。
セピアに近い色褪せた世界で、記憶の中の人はあの時のそのままで台所に立っていた。
遊子や夏梨はその足元で笑い、親父はちょっかいを出しては怒られている。
大好きだった世界。
ずっとこのままだと思っていた。
そして、この世界は皮肉にも確実に色褪せていっている。
「おふくろ」
思わず呟いた声は聞こえたのか、柔らかい髪を揺らして振向いたあなたは多分『なに?』と聞いてくれたんだと思う。
見えたのは口元だけで、後は見えなかった。そこだけ白くもやがかかって、顔が見たいと思って近付こうとしても身体は動かない。視線を上げようとしても、重く固定されている。何時の間にか遊子と夏梨、親父もそこからいなくなっていた。
夢の中ぐらい、自由にさせてくれたっていいのに。
苛々とぐずれば、優しく弛んでいた口元が引き締められて何か言ってくれた。
でも、ごめん。聞こえないんだ。
「えっと・・・そうだ、遊子は料理が随分と上手くなったよ、家事もあれこれとやってくれているし、夏梨は家事とか全然駄目だけど、色々気を使って俺達をフォローしてくれている。親父は・・・・まあ相変わらずだ。そうだ!何て言えば良いのかわかんねえけど、動いて話すぬいぐるみが家にいるんだ、名前はコンで俺が付けたんだ。五月蝿くてどうしようもないやつだけど、良い奴だ・・・と思う、多分。あ、あと、ルキアってのが俺の押し入れにいたんだけど・・・・何でいたとかは聞かないでくれ。こいつも小五月蝿いし生意気だし、人の話は聞かねえし、むかつく事もいっぱいあるんだけど、色々、本当に色々助けられたんだ」
小さくて柔らかい唇が優しい弧を描き、又、何かを言ったが音は全く聞こえなくて、わからなかった。黙っていると細く白い指先が俺を指した。
「俺?・・・俺は・・・・・元気だよ」
小さく頷く頭。口元は変わらず微笑んでいた。
「・・・大事な仲間ができたんだ・・・・・大切にしたい人も」
優しいピンクで彩られた唇がほうけた様に開いた。あぁ、その色の口紅が好きで良く付けていたよな。
「いきなり喧嘩を売られてさ、でも、結局、殴れなかった。その後も気になって追い掛けた。何で好きになったのか今でもわかんねえ・・可愛くねえし・・・男だし。好きになるならきっとおふくろみたいな人だと思ってた。でも、何があっても媚びないあいつが強くて綺麗で好きになった。色々あったんだ・・・・本当に色々。遊子も夏梨も親父も、みんな。・・・・・何から話していいかわかんねえくらい。」
首を少し傾げるのは困った時のクセで、そうやって困らせる事が特権のようにあの頃はわざと悪戯もした。
鼻の奥がツンと痛くなる。
ここで泣いたら、おふくろも泣くよな。
笑ったら、笑ってくれっかな。
「でも俺、・・・・あん時より強くなったよ」
おふくろは本当に嬉しくて笑う時、小さな八重歯が見えたんだ。そうだ、思い出した。
つられて、俺も笑ったんだ。俺だけじゃ無い。遊子も夏梨も親父も。
またおふくろが何か言った。やっぱり音は聞こえなくて、でも、あんな嬉しそうに笑って言ってんだから悪い話じゃないだろう。
「でさ、え?あ・・・れ?」
急にセピアに近かった色彩がモノトーンに変わり、灯がしぼむように暗くなっていく。
待ってくれ、もうちょっとくらい良いだろ。夢だって滅多に会えるもんじゃないんだ。もっといっぱい話を聞いて貰いたいんだ、聞きたい事もあるんだ。待てって・・・・。
「う・・・・アぁあぁ!」
自分の情無い声に覚醒する。何て夢をみたんだろう。おふくろの夢なんて、何年も見て無かったのに。昨日親父が大量の真っ赤なカーネーションを買って来たからか。
汗ばんだ背中が気持ち悪くて身体を起こして、カーテンを開ければ眩しい朝日が差し込み、見上げた空は青く染まっていた。
結局、聞けなかった。
ずっと、ずっと気になっていた事を。
思い出すのは冷たい雨の日の事ばかりで、心配だったんだ。ずっとおふくろが雨に打たれてやしないかと。
『なあ、おふくろ・・・・・そっちの空は晴れてるか?』
きっと、笑って頷くんだろうな。
ありがとう。
今日はおふくろが好きだった薄桃色の口紅に似たカーネーションを買って帰るよ。
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サイトを作ってからいつかは書こうと思っていた話です。イチウリ要素が臭い程しかないんですが、結構好評だったのが嬉しかったです。
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