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薫煙(パパウリ)



吸ったことはない。
だが、臭いを嗅いだだけで不味いと知れるそれをどうして口にするのか、理解ができない。

家を出て数ヶ月、呼び出された病院の父の部屋には残り香の様に煙草の臭いが充満していて、デスクの脇に置かれた灰皿には吸い殻が溜まっていた。喫煙している事は知っていたが、ヘビースモーカーという部類に入る程の愛煙家だというのは知らなかった。
記憶の中の父は煙草の匂いは勿論、酒の匂いもしない、冬の朝の凍てついた空気の様な人だ。
情も隙もなく、その存在から逃げようにも逃げられず、防いでも隙間から冷たい冷気が浸食し、その冷たさに身を震わせ、息をも凍らせるそれに細い呼吸を繰り返した。その息苦しさに耐えきれず家を出た。
久しぶり会った父の、灰皿に山ほど溜めた煙草の吸い殻が人間臭くて、おかしくもないのに笑ってしまう。
「いつから?」
「何がだ」
呼び出されたその話だけを聞いて帰る予定だったが、吸い殻の山に興味を持ってしまった。
「煙草。尋常な量じゃないよね」
目を逸らしはしないが答えもしない。
その表情は何を考えているのか全くわからない、が、それに慣れてしまった心の中で、どうせ出来の悪い息子を馬鹿にしているのだろうと、お前が測る天秤ぐらいわかるのだと嘲る。
そして、それが馬鹿げた去勢でしかないとわかっていて、己の卑称さからも目を逸らす。
白くもやのかかった掴み所のない胸にうずくまるそれは、この部屋に充満する煙に似ていた。
「こんな不味そうなの良く口にできるよね」
そのもやが胸にあるだけで気持ち悪くて吐きそうだ。
「ならどうしてお前は飯をたべる?」
不味くとも食べるのは生きるためだ。食物は血となり肉となる。だが、この煙は満たすどころか害するだけだ。
「それとこれとは別だろ」
同じ口にする行為でも、その質はまるで違う。
「腹に入る事に変わりはない」
何を言うのか。
腹に溜まらないものだろうそれは。それに、この男が何に空くというのか。空くというのは生きたいと思う力らしい。なら、その行為は矛盾してはいないか。
全く、この男の考えている事は理解できない。
そのガラス越しの冷めた目は何を求めているのか知れないが、そこに自分は居ない事は明白だ。
「早死にするよ」「これで死ねるなら人の命なんて易い物だ」
笑いもせず真顔で医者が言うと、妙に説得力のある言葉だ。
「死にたがりにしか思えない台詞だね」
「大して生きてもいない子供にわかるわけもない」
溜め息と共に吐き出された言葉に、隠そうとも思わないが反射的に顔が歪む。子供を馬鹿にするくせにこういう時は子供扱いだ。この男が何に絶望し、何を見限ったのかは知らない。
興味もない。
「あんたは大人だからね、それじゃ」

いくよ。


あの男からすれば、僕らの世界など幼稚で無価値で無意味な世界なのだろう。
けれど、今の僕にはそれが全てで、絶望し、無価値だがそれに身を焦がし、千切る思いもするけれど、僕はそこに生く。


そこで、生きるよ。






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元ネタは一護×竜弦でした(笑)。そうなるととんでもなく長い話で拍手に向かないので無難?に石田親子で。

酔っ払いを打つ傍らでコレを打ってました。そして、これを打つ傍らで一周年打ってます。

え…と、お父さん息子さんに色々してゴメンナサイ。

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