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悪魔の選択
3.

 翌日も、遥香は学校を休んだ。

 俺の顔を見るのがそんなに嫌なのかと悠人は心底傷ついた。だがフラれた手前、どうすることもできず、ただ待つしかなかった。

 だが、その次の日も、さらにそのまた次の日も遥香が学校に来ることはなかった。

 (……なんでだ? いくらなんでも休みすぎだろ)

 悠人は、さすがに何かおかしいと思いはじめた。休み時間に、遥香のクラスの学級委員長を捕まえ、欠席理由を問いただした。だが、真面目で気弱そうなその男は、ただ怯えたように「わからないよ」と答えるだけだった。

 週末に入った日曜日、悠人は意を決して遥香の携帯に電話をかけた。

 だが、時間をおいて何度も何度もかけても遥香は取らず「大丈夫か?」「心配してる」「返事だけでもしてくれ!」と、再三送ったLINEにすら既読がつくことはかった。

 (俺は……なにか思い違いをしているんじゃないか?)

 悠人は焦った。重大な、なにかとても重大な何かを見誤ったんじゃないかと不安になったのだ。

 そして、すぐに、その不安は現実のものとなった。

 週明け、遥香の欠席を確認すると、悠人はすぐに遥香の担任のもとへと向かった。

 菅原(すがわら)という、小太りで脂ぎった中年教師は「個人情報だぞ」と迷惑そうに言い、まったく取り合おうとしなかった。だが翌日も訪れて、必死な様子で懇願する悠人の熱意に、ついには折れた。への字に固く閉ざしていた口が神妙に開く。

 「佐藤遥香は……自主退学したんだ」

 予想だにしなかった言葉に、悠人の足下がぐらりと揺れた。さーっと潮が引くように、全身から血の気が失われていく。

 このまま廊下が崩れ落ち、下の教室すべてを突き抜けて、硬い地面に真っ逆さまに叩きつけられたような、それほどの衝撃だった。

 悠人は真っ青になった。鮮やかさを失くした唇が、わなわなと震える。悠人の只ならぬ様子に気づいたのか、菅原は、急に気の毒そうな顔になった。

 「えー……と、ほら、なんだ。プライバシーの問題もあるから詳しくは言えんが、家庭の事情というか、佐藤の親御さんの事業が傾いたらしくてな、それで、その、まぁ色々あったらしい」

 放心状態で立ち尽くす悠人の姿を憐れんだのか、結構踏み込んだ話までしてくれた菅原に、お礼どころか、一語も言葉を発することなく悠人は走り出していた。

 「あっ、おい、崎山っ!ちょっと待て――」

 後方で、制止の声をあげる菅原の言葉など悠人の耳には届いていなかった。ただ全速力で廊下を駆け抜け、嗚咽が洩れそうになるのを必死で堪えていた。

 「おい、白石っ!」

 パーンと、戸が外れるんじゃないかと思うほど、けたたましい音を立てて開いた扉に教室中の視線が注がれた。

 悠人は、向けられた視線に動じることなく、しんと静まり返った教室を見渡した。後方に座る眼鏡をかけた女の姿を見とめると、睨みつけるような視線をぶつけ、声を荒げた。

 「ちょっと来いっ!!」

 白石は、悠人の剣幕にびくっと肩を震わせ、恐る恐る立ち上がった。

 「なぁ、アンタ遥香のダチだろ? アイツ……、遥香から、なんか聞いてねーか?」

 多少、声のトーンは落としたものの焦る気持ちがつい声の調子を荒げてしまう。

 この白石という女は、遥香と同じクラスでいつも行動を共にしていた女だ。遥香との会話で話題に上ることが多かったから仲は良いはずだ。この女なら、なにか詳しい事を知っているに違いない。悠人は、逸る気持ちを抑えながら問いかけた。

 「……遥ちゃんが学校辞めた事、知ってるんですね?」
 「あぁ、さっき菅原から聞いた」

 白石は落ち着いた声で、ゆっくりと答えた。意外と冷静な口ぶりに、やはり何か知っているなと確信した。

 「なんでもいいんだよ、なんか聞いてねーか?」

 苛立ちながら問い質す悠人に、白石は即座に「言えません」と、拒絶の言葉を吐いた。

 「はあ? なんでだよ……」

 一見、大人しそうに見える白石の、予想外にきっぱりとした態度に、悠人は思わず情けない声をあげた。

 「……崎山くんは、遥ちゃんから何も聞いてないんだよね?」
 「……」

 否定はできないが、肯定もしたくはなかった。

 悠人が黙っていると、白石は小さく息を吐き「じゃあ、アタシが話せることはなにもない」と、これまたきっぱりと言い放ち踵を返すと、さっさと教室へと戻っていった。

 悠人は、それを引き留めることができずに、ただ呆然と立ち尽くしていた。






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