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仮)森本陽呂の受難
1.

翌朝、俺はいつもより少し早起きして、一本前の電車に乗ることにした。

決して隼人の言い分を認めたわけではない。

だがヤツが、昨日の帰りの間際にまで「時間変えろよ」と、しつこく食い下がってくるもんだから仕方なくだ。それに、いくら勘違いだとはいえ三日続けて男に尻を触られるのだけは勘弁願いたかった。

プラットホームに立ち、眠い目を擦る。

まだ眠気が覚めず、欠伸を噛み殺しながら周囲を見渡した。学生はいつもより少なく感じるが、それでも人の多さ自体はいつもと変わらない。せっかく早起きしたというのに、なんだか損をした気分だ。

(はぁ……。アイツの言うことなんて聞くんじゃなかった)

あまりのしつこさに渋々だが折れてしまった自分が情けない。

隼人が過保護なのは今に始まったことじゃないが今回ばかりはいくらなんでも考えすぎた。

確かに、俺は昔からよく女に間違えられた。

小学生の頃なんて、まだ声変わりもしていないもんだから特に酷かった。登下校中に知らない男から声をかけられることが頻繁にあり、そのまま連れ去られそうになったこともあった。

中学生になり制服を着るようになってからは不審者との遭遇率は減った。だがそのかわり、今度は休日に比較的若い男から声をかけられることが多くなった。

世に言うナンパというやつだ。

特に一人でいたり、姉と二人で出掛けたりすると、必ずといっていいほど男が寄ってきた。認めたくはないが、それはやはりこの見た目のせいだろう。

俺は男にしては背が低いほうだ。長身の女性がヒールを履くと大体同じ目線になる。

体の線だって、細くはないが逞しいとは程遠く、焼けてもすぐ白くなる肌が、さらに男らしさを邪魔している。

それでも、俺のようなモヤシ体型は世に山ほどいるだろう。現にクラスには俺より背が低いやつが何人もいるのだ。それなのに、俺が女みたいだと言われてしまう最大の原因は、やはりこの“顔”にあるのだろう。

もちろん自覚はある。こじんまりとした鼻に、アンバランスな大きな目。黒目がちに潤んだ瞳はチワワみたいだと評される。平たく言ってしまえば童顔なのだが、高校生にもなっても少しの髭すら生えないのだから忌々しい。

しかも、その体毛の薄さに比例するかのように、肌の色素までもが薄い。病弱にも見える白さだ。そのくせ血色だけは良いのだから、さらに始末が悪い。

常に上気したような頬に、桜色の唇が、少女のように蠱惑的だと揶揄される。

それでもっ!それでもだ!!

俺が男だとわかると、男達は皆バツが悪そうな顔で去っていった。当たり前だ。女だと思って声をかけたのだから至極正常な反応だろう。

それに、平日は制服という武器がある。俺は男なんだと宣言するまでもなく、着ているだけで男だと証明される、最大にして最高の“鎧”が。

今だってそうだ。

俺と視線の合う男は、皆一瞬、驚いた表情を浮かべる。浮かべはするが、それだけだ。声をかけてくるやつなどいない。ましてや痴漢なんて、されるはずがないのだ。

(アイツは本当にいちいち大げさなんだよなっ)

心の中で悪態をつきながら己の不遇を嘆く。

やってきた電車の扉が開き、一瞬反応の遅れた俺は、雪崩のような人波に押されるようにして乗車した。






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