仮)森本陽呂の受難
6.
「……おい、隼人」
「なんだよっ―――」
むくれてソッポを向いた隼人の顔が正面を向く瞬間に、俺は右手を振り上げた。パチンッという小気味の良い音とともに隼人の顔が再び真横を向いた。
「いてっ、なにすんだよ!」
「だから俺の話を聞けって!!」
打たれた頬を押さえ、避難めいた眼差しを向ける隼人の顔を、両手でぐいっと引き寄せる。
「隼人……、まず、俺の目は腐ってない」
「は?」
「だから!あの人がイケメンなのは事実だろ?」
「……おう」
「あのイケメンの先輩は、女にモテて、女好きで、女癖が悪いんだよな?」
「……そうだよ」
「隼人……俺が女に見えるのか?」
「……見えっ」
「待て!わかってる。だけど言うんじゃねーっ」
さっと手をかざし、開きかけた口を制する。隼人はげんなりとした顔で「じゃあ聞くなよ」と呟いた。
「いいか、隼人。俺は男らしくはないが、正真正銘の男だ! それにあの先輩だって男だ。おまけに……いや、とても大事な所だが、あの人は女が好きだ! そうだろ? そして俺も……当たり前だが女が好きだっ!」
わかったろ? と鼻を鳴らし、「何も問題ない」と付け足した。
「でも、陽呂……」
「大丈夫だって! 隼人は心配しすぎなんだよ。ナンパされるのだって私服の時だけなんだし……それに俺が男だってわかったら、どいつだって離れていくだろっ?」
「それは、そうだけど……」
隼人は、それでも何か言いたそうな顔をしていたが、タイミングよく響き渡った昼休み終了の鐘とともに、この話は幕引きとなった。
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