仮)森本陽呂の受難
3.
走れば躓く。
その通りだ。俺は走った。そして転んだ。おまけに足がグキっと鳴った。
「いってー!!」
絶叫し、もんどりうって転げ回った。
(痛い……てか、なにやってんだ俺は)
人様の情事を立ち聞きなんかした罰なのか。それとも、我が校のマドンナ先生を不埒な妄想で穢してしまった報いなのか……俺は大の字になって空を仰いだ。
「おまえ、なにやってんだよ……」
いつのまにやって来たのか、頭上から隼人の呆れたような声が降ってきた。 俺は両手を天に突き上げ、情けなくも涙声で助けを求めた。
「隼人…………、起こして?」
「ったく、しょーがねーなー。体調悪ぃーんだから、大人しくしてろよなー」
ぶつくさと文句を言いながらも、隼人は俺を引き起こし制服に着いた砂まで払ってくれる。そして目の前にしゃがみこむと、立てた片膝に俺の足をそっと乗せた。
「あーあ。腫れてるじゃん」
「いっ……」
腫れた箇所をツンと触られ電流が走った。歩けないほどではなかったが、隼人が当然のように脇を支えてくるもんだから、俺はそれに寄りかかるようにして歩いた。
「せんせー!! 陽呂のやつ、足捻ったみたいなんですけどー」
隼人の大声に、先生が振り返りって「はぁ?」と呆れた声をあげた。
そりゃそうだ。授業に参加していない生徒がケガをするなんて普通はないだろう。
「スミマセン……」
俺は小さくなってうつ向く。
「腫れちゃってるんすよ 、ホラ」
隼人が俺の足を持ち上げて見せると、先生は眉間に皺を寄せて唸った。
「うーん……そうだな。森本、おまえ保健室行ってこい。今日は体調も悪いようだし、手当てが済んだらそのまま帰ったらどうだ? 広田先生には私から言っておくから」
「はい。スミマセン……」
再三の居たたまれなさに俺は再び身を縮ませ消え入りそうな声で答えた。
「じゃ、行ってこいよ。あ、鞄取ってから行くんだぞ?」
隼人はそう言い残すと、さっさとグラウンドへと駆けていった。
(はぁ? 付いて来ないのかよっ)
いつもなら、何処に行くにもムリヤリ付いて来るくせに、俺より野球のほうが大事なのかとカチンときた。だがよく考えると、これは一ノ瀬先生と二人きりになれるチャンスなのだということに気づいた。隼人のように無駄に先生受けの良いお邪魔虫なんて居ないほうがいいに決まってる。
俺は気を取り直し、痛む足を引きずりながら保健室を目指した。
「失礼します」
そう声をかけながら保健室に入ると、背を向けるようにして立っていた一ノ瀬先生がゆっくりと振り返った。
「あら、どうしたの? ケガ?」
「はい。体育で足捻っちゃって」
ラッキーだ。保健室には先生の他に人のいる気配はなかった。
先生は俺の足をチラっと見ると「じゃあ、あっち座ろっか」と保健室の中央にあるソファへと連れて行ってくれた。
「うーん、少し腫れてるわね。冷やすから、足上げてて」
足元にしゃがみこみ腫れの具合を確かめると、先生は「氷持ってくるね」と言って、立ち上がった。俺は言われた通り、ソファに片脚をあげ、ひじ掛けにもたれ掛かる。
(やっぱり、さっきの声は先生なんかじゃなかったんだ)
手際よく準備をしている先生の後ろ姿を見つめ、俺は安堵していた。
よく考えれば先生が生徒とだなんてあり得ない話だ。しかも校内でだなんて、そんな現実味のない噂話に振り回されて俺は怪我までしたのだ。
「はぁーっ……」
今日は痴漢に始まり、何も良い事がなかった。俺はスカートから伸びる先生の脚を眺めながら、束の間の癒しを堪能していた。
(はぁ……、やっぱ大人の女って……いいよなぁ)
体が弱そうに見えて割と健康体な俺は、保健室に来ることなど滅多にない。
久々に間近で見る一ノ瀬先生はやはり可愛いかった。
顔はもちろんのこと、ほっそりとした体型なのに出るところはちゃんと出ている。いや、むしろ出すぎなぐらいだ。俺調べの推定Fカップの爆乳は、いつ見ても刺激的で、顔立ちが幼いだけに余計それが際立っている。二十代後半ぐらいと聞いているが、高校生と言っても通じるぐらい幼い顔立ちだ。顔だけ見れば、姉の陽菜と並んでも違和感がないだろう。学内には先生の熱烈なファンクラブまであると聞く。
そんな一ノ瀬先生と、隼人も、他の生徒すらいない空間に二人きりだなんて、これから先二度とないかもしれない。最低な一日だったけど、最後の最後にこんな良い事が待っていた。
朝から続く鬱々とした気分が今やっと上向いてくのを感じていた。
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