仮)森本陽呂の受難
2.
「はぁ? それ絶対、陽呂のこと狙ったんだって!! 」
鼻先が、触れてしまいそうなほど、顔を近づけ喚く親友。その胸板を両手で押し退けながら、俺はコイツに話したのは間違いだったんじゃないかと思いはじめていた。
「てか、なに痴漢なんかに触らせてんだよっ!!」
恥を偲んでぶちまけた俺に、隼人は同情するでも慰めるでもなく、いきなり怒りだしたのだ。
別に慰めてほしかったわけではない。だが、なぜ痴漢ではなく、俺が非難されるハメになるのだろうか。俺はただ、昼休みに弁当でも食べながら、愚痴を聞いてもらいたかっただけなのに。
「隼人……俺、一応男だぞ? んなわけねーじゃん」
「いや、絶対そーだって! 二日続けて痴漢にあうなんて、そんな偶然あるか?」
俺の腕を押し返す勢いで捲し立てる隼人の顔は、頭から煙が出そうなほど真っ赤になっている。
「だからそれは、隣のキレイなお姉さんが……」
「いやっ、絶対そうだ!間違いないっ」
「……人の話を聞けって」
水泳部エースの三浦隼人(みうら はやと)は、体力バカの熱い男だ。何事にも全力で取り組み、決して妥協を許さない。その姿勢は、先輩達から一目置かれ、後輩達からも尊敬されている。そして、二年生にしてキャプテンを任されるほど、コーチの信頼も厚い。俺の、自慢の友達だ。
だが、とにかく熱い。何事にも熱すぎるのだ。
長所は短所にも成りうるというが、隼人はまさにそれだ。今だって、本気で今朝のことを心配しているのだと思う。それはもちろん嬉しい。嬉しいが、いつも度が過ぎる。
「なぁ陽呂……俺はマジで言ってんだぞ。だっておまえ……まだナンパだってされるだろ? 俺、心配なんだよ……。なぁ、わかってる?」
ほら、これだ。
怒っても効果がないとわかると、次は懇願するような声で切々と訴えてくる。
でかい図体が丸く縮まり、キリッとした雄々しい眉が、八の字に下がる。うるうるとした瞳で見つめる様は、まるで大型犬が主人の機嫌をとる時のような、なんとも情けない顔だ。終いには、しゅんと垂れた耳まで見えてきそうになるもんだから、俺はいつも強く出れなくなってしまう。
「わかってるよ……気をつけるから」
隼人を安心させるには、結局そう返すしかなくなるのだ。
「大体、陽呂はスキがありすぎるんだよ。この前だって、三年の不良に絡まれてたろ?」
「あれは……そんなんじゃないよ。少しからかわれただけだし」
俺がしおらしくなったからか、また勢いを取り戻した隼人は、ここぞとばかりに先週の出来事を蒸し返してきた。
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