仮)森本陽呂の受難
2.
カキーン
「よっしゃー!」「おらぁ! 回れ、まわれーっ!!」
グラウンドに響く、爽快な金属音と野郎共の叫び声。
体育の時間に、硬式野球をやれる学校なんて他にあるだろうか。もちろん、この学校でも、授業の一環というワケではない。元高校球児である体育教師気の好意、といっても自身が好きだからというのが本音だろうが、たまにこうして息抜きのような時間が設けられている。
幸い、ここは男子校だし、必要な人数は余裕で揃った。野球部自体はもう無いが、必要な用具一式は、まだしっかりと残されていた。
(いいなぁ……野球)
男のスポーツと言えばやはり野球だろう。あまり得意とは言えないが、廃部になどなっていなければ、絶対に入部していた。最近は、サッカーが流行りだが、あれはナンパなスポーツだ。偏見だと言われてしまうかもしれないが、男なら、やっぱり野球なのだ。
「はぁ……」
今日が野球だと分っていれば、休んだりなどしなかったのに。
俺は、校庭の隅にある木陰に座り、楽しそうに汗を流す級友たちの姿を眺めていた。
「隼人のやつ、強引なんだよな。俺も……野球ならやりたかったのに」
自分で蒔いた種だというのに、なぜか隼人に八つ当たってしまう。だが、そうでもしないとストレスが溜まっていく一方だ。
(球拾いでもしようかな……。暇だし)
このまま、ただボーっと座っていても、目の前の光景を恨めしく思うだけだ。
それに、さっきから、皆バンバン球を打ちまくっているが、すぐに新しいボールを出して、誰もホームランボールを拾いに行かない。
どうせ授業が終われば集めるんだろうし、サボりの身では、このぐらいはやっとかなきゃ心苦しいでもあった。
俺は、のろのろと立ち上がり、グラウンドを円を描くように歩き出した。
ボールの行方を探し、ちょうど用具小屋の前に差し掛かった時だった。
ふと、小さな音が耳を掠めた。
そして、入口に近づくにつれ、細く高い……鳴き声? のようなものが、断続的に聞こえてきた。
(ん? 猫でもいるのか?)
俺は、軽い気持ちで小屋に足を踏み入れ、そして固まった。
奥のほうから聞こえてくる、甲高い声。それは明らかに、人間の女の声だった。それも、これは、あの“最中”の声だ。
(うそだろ? え? ヤってんの?)
ここは男子校だ。だが、絶対に聞き間違いなんかじゃない。経験こそなかったが、アダルトビデオでよく聞く、悩ましい声。これは間違いなく、喘ぎ声というやつだ。
(マジかよ……)
暗くて見えづらいが、奥にあるまだ真新しいドア。この声の出所は、どうやらその中のようだ。
バクバクと脈打つ心臓を押さえながら、そっとドアに近付き耳を寄せる。
『……あっ、あ……っふ…、たけ……る、あぁ!』
『おま……るせ……よ』
女の喘ぐ声に混じって、くぐもった低い男の声も聞こえた。
(今、たけるって言ったよな?)
頭の中に、あの赤い髪の厳つい顔が浮かんだ。
そして“女教師”“強姦”“女癖が悪い”“喰い散らかす”恐ろしいフレーズが、次々と浮かんでくる。
相手は誰だ? まさか……先生? 真っ先に保健の一ノ瀬先生が浮かんだ。
(いやいや、そんなわけ……)
ないと思いたい。だが、この学校に女性は二人しかいないのだ。一ノ瀬先生と、数学の斉藤先生だ。だが、斉藤先生ではないだろう。失礼だとは思うが、見るからに堅物そうな四十代のハイミスだからだ。
だとしたら……
ドアの向こうの声に、一ノ瀬先生の可愛らしい姿にが重なる。
(ヤバいっ)
ただでさえ体がおかしくなっているというのに変な想像をしてしまったもんだから、収まっていたはずのソレがまた疼きだした。
俺は焦って、飛び出すように小屋を後にした。
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