[携帯モード] [URL送信]
teenage dream
不思議だと思う。

いまベッドに寝っ転がっている自分の上には、毛布と掛け布団が覆い被さってくるけど、日本の経済やら就職難やらなどは、全くもって目に見えないものなのである。
それなのに。
土方さんはその幻に追われて苦しんでいる。自分の頭脳の偏差値だとか、五年後の不況だとか、自分のタコだらけの手のひらよりも信頼のできない夢想に急き立てられている。
「馬ッ鹿みてェ」
「お前がな」
俺は、今この瞬間が有りさえすればいい。でもそんなようなことを言うと、未来の“今”をつくるために頑張ってるんだよ、なんて返される。台詞みたいで気持ち悪い、と揚げ足をとってやれば、ちょっと頬を染めやがったりして、もう訳が分からない。
「ねェ」
ベッドから降りて、小さな卓袱台のような机で謎の数式を書きこむ土方さんの、お腹に腕を回しワイシャツに頬を寄せる。夏はまだ遠いけど暖かく、二人、腕捲りなんかしている。ちょっと高めの体温は、一枚で着ているワイシャツから頬にダイレクトな温かさが伝わって、痩せ身のためボコッと浮き出た背骨にさりげなくキスをする。
『この温かさも、東京の雑踏に紛れちまうんですね』
一年生の秋から付き合いだしたからもう二年、口付けあったりなんだりしているわけだ。でもやっぱり世界は広いんだと思う。肌に触れたり、寄り添ったり、ちゅうすることが許される人間は、俺の他にあと何人いるのかな。何度も女の子の告白を断ってきた奴を見ると、自分は確かに許されてきたのだとは思うけど、別に永遠に一緒にいる約束をしたわけじゃない。これから沢山の仕事や遊びや人間を知って、新しい苦しみや喜びや幸せを得ていくのだろうけど、今この狭い世界の中で出来た俺との思い出は、土方さんの記憶の中の、いったいどこに仕舞われるのだろう。

カラン、と音をたてて溶けていったグラスの中の氷と、夕焼けを反射して眩しい卓上の時計と、窓いっぱいのオレンジを汚す数羽のカラスの声と、風に乗って運ばれた隣の家の焼き魚の匂いと、逆光でよく見えない土方さんの振り返った顔が、今日は五月二十六日という現実へ呼び戻してくれる。

姉上が本当に生きていたかさえ、自分の記憶を頼りにしなければ分からない事実なのだ。今一度キスをして、夢と本当の違いを俺に分からせてくれたらいい。

[←][→]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!