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黒の誓い
 5

「どういうことだ」

思わず出た固い声に内心舌打ちしながらヴァルディスはレオニクスの腕を掴む手に力を込めた。
痛みにひそめられた眉も気にせず、力を抜かずに睨みつける。
死なせないといった。
己を従えられるのはお前だけだとも。

それでも死ぬのだと、愚か者は言った。

それを許せる性格をヴァルディスはしていなかった。

「世界など守らずとも良いといったな。死ぬとも言ったな。どういう意味だ」

「守りたいほど世界を愛してないし、死ぬ定めだから」

「定めとは?」

淡々と追い詰められ、レオニクスは言葉を詰まらせた。

ヴァルディスが怖い。

その言葉が怖い。

彼が本気で、聞いているから。


「俺は、生まれてはならない子供だったんだよ」

眉をひそめたのが分かった。
思い出したくない記憶に頭がガンガンする。

「俺は人と魔物のキメラだった」


小さなころから両親はいなかった。
老婦人が育ててくれていた。
何も疑わずに召喚学校に行き、卒業した。

「本部で知らされた。俺はキメラ実験の唯一の成功したモルモットで今までデータをとるために生かされてたと」


異種間で子供を作ることは禁じられていた。
それでも何とか戦力を上げたかったアイレディアはキメラに目をつけたのだ。
実験台に異種の遺伝子を組み込んだ擬似精子を植え付け、産ませる。


「一人目は腹が破裂して失敗した。二人目は孕まず、遺伝子が暴れて死んだ。そうやって失敗を繰り返して研究員は20人もの人間を犠牲にしたんだ」


そうして産まれたのがレオニクスだった。

「炎虎のキメラだって言われた」

実験は成功したはずだった。
なのに十年以上経ってもレオニクスは全くそこらへんの人間と変わらなかった。
炎虎の片鱗もなくむしろ影すら見えない。


「だから俺はキメラなんだけどある意味失敗だったんだ。遺伝子レベルで見ても、全く見当たらなかった」


研究者は興味を示したけれど、上層部はレオニクスを処分するように言った。
ただ、召喚剣士として登録しているレオニクスを組織内で殺すわけにはいかない。

アイレディア王国とヴェレ帝国の戦争で、召喚師は大きな戦力となるため保護されているからだ。

国王たちに隠れてキメラ実験をやっている上層部は無闇にレオニクスを殺せなかった。

「だから危険な任務ばかり回ってきた。それでも生き抜いてきた。でも、流石にボルケナで召喚せずに独りで歩くことは不可能だった」

Aランクさえ逃げる魔物が、いる気配がしていたからなおさらだ。

「召喚だけなら何とでも言い逃れが出来るんだ。本部から派遣するとき、召喚許可証を与えるのが義務なのに上層部は与えなかったから、ディシスを召喚したことがバレても切り抜けられた」

「・・・だが俺がいた、か」

「正確にはヴァルディスを召喚してしまった・・。もう、言い逃れは出来ない。おれは、世界に罪を犯したんだ」

レオニクスの顔が歪んだ。
泣きそうな顔。
でも涙は見えなくて、ヴァルディスが掴む腕がかすかに震えていた。

「死ぬしかない。おれは、化け物だ」


魔物と人間の子。

穢れた血。

異形のモノ。

死ぬべき 生き物。

「・・レオニクス」

ヴァルディスはため息をつき、レオニクスを引き寄せた。

「お前が魔物の血を引くから、俺と契約できたのだな」

「え?」

「見てみろ。ここは召喚師の町だと言ったな?俺は練り歩いたが誰一人俺の正体に気づいたものはいない」

レオニクスは目を見開いた。
こんなにも濃く、深い闇のような魔力が感じれるのに、そういえば誰も気づいていなかった。

「お前はすぐに気づいた。そして俺の魔力をその魂に受け入れた。人では耐えられぬ」

間近に煌く、底なしの闇。

「魔力の変動があった。だが誰も俺の竜の姿を見ておらぬ。ヘリオスも何も言わぬ。考えろ」

鼓膜を奮わせる低音が心地よく、すうっと心に染みていく。

「四千年も昔の、俺の存在を誰が本当に知っている。俺の魔力も俺の姿も、先の本のように正しくは伝えられておらぬ。似ても似つかぬ描写だっただろう」

「でも」

「もちろん、いずれ分かる。心配するな、レオニクス。俺は誰だ?」


ああ、そうか。
自分は何を勘違いしていたのか。
レオニクスが契約したのは、伝説の竜で。
今の規律も、今の人間も、どんな存在も、彼には通用しない。

「ヴァル、ディス・・」

「俺が生きろと言ったら生きろ、レオニクス」


彼は かつて 世界を支配した 竜――・・

「お前を取り巻く全てのものから、守ってやる」


レオニクスの震えは止まっていた。
抱きとめられたまま、言葉を待つ。

「お前が思う全てのものを守ってやる」


封印から解き放たれ、世界を見たときヴァルディスは絶望した。
けれど、レオニクスは殺さないでやってくれと懇願した。

「だから、俺と居ろレオニクス」

この男なら面白いかもしれない。
この男なら絶望を癒せるかもしれない。
失えない。
失えるはずがない。

レオニクスの存在が ヴァルディスをこの世界にとどめているのに。

「ヴァルディス、強いな」

「当たり前だ」

レオニクスは頭を振った。
ちらりと眼下のレイトを見やる。

「・・行こう。ヴァルディス」

「ああ」


片付けることは山積み。
やらねばならないことも山積みだった。

「力を、貸してくれるか?」

「好きに使え」

身体を離したレオニクスの目を見て、ヴァルディスは低く笑った。

光を帯びた瞳。

これが見たかった。

「俺は、死なない」

ヴァルディスのお陰でそう思えた。
レオニクスの意思は固まった。

眼下に、風が吹き抜けていった。







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あきゅろす。
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