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黒の誓い
 4

ヴァルディスの手を取ったレオニクスは本部とは逆の路地裏に入った。

細い路地裏は入り組んでいて地元の人間でも迷ってしまう。

だがレオニクスはそこを完璧に把握しているのか迷うそぶりも見せずすたすたと足を運んだ。


「レオニクス、お前どうしてボルケナで犬を召喚した」


おとなしく付いて来ていたヴァルディスの唐突な質問にレオニクスはああ、と声を上げた。


「ディシスか?」

「ああ」


先程読んだ本にはボルケナでの召喚は禁止だと書かれていた。

まるで解せない。

そうならばレオニクスは自ら死刑になるためにボルケナに行ったようなものではないか。

だから死にたいのかと問えば否と答える。

解らないのは気に食わないヴァルディスは早速ぶつけたのだ。


「歴史の森は最弱といえどボルケナ。高ランクの魔物や獣が徘徊してるから」

「レオニクス」


聞きたいのはそれではない。
余裕がないわけではないが、レオニクスの遠回しな返答がヴァルディスには気に入らなかった。
ぐいっと腕を引き、足を止める。
レオニクスの力ではヴァルディスを振り払うことも引きずることも出来ず二人は人気のない路地裏で立ち止まった。

ヴァルディスは逃げを許さない。
出会ったばかりなのにレオニクスは確実にヴァルディスに染められつつあった。

この圧倒的な存在を前にレオニクスなど子猫にも劣る自我かもしれない。
それでも殺されることもなくレオニクスが望んだ通り、世界を潰さずにいる辺りかなり気を遣われている。

静かな数秒の間にレオニクスはそんなことを思っていた。


「危なく召喚すら出来ぬ場所に行けば死ぬ。召喚しなければ食い殺され召喚すれば死刑に処せられる。解せん。何故ボルケナへ行った」


「命令されたからだ」

振り返らないままレオニクスは告げた。
その声は酷く淡々としていた。

「ヴァルディス。貴方はクロノスでは名前を呼ぶことすら禁忌とされている」


「それがどうした」


傲慢ともとれる声音でヴァルディスは答えた。
四千年。
気の遠くなるほどの年月、世界に憎まれた竜をレオニクスは見つめた。


「貴方を復活させないためだけに、あの誓約は存在するんだ」


赤子でも知っている常識。
たった一種族を復活させないためだけに作られた誓約は四千年守られ続けている。

「あの日ボルケナで大規模な魔力変動があったと報告があがった」

レイトの空は蒼く、突き抜けるようだった。

「歴史の森は最弱のボルケナ。まさか黒竜が眠ってるなんて誰も考えなかった」

「…」

「だから利用したんだ」


セカンドの召喚剣士がひとりで召喚もなくボルケナを歩けるはずがない。

「来てくれヴァルディス」

「何」

「行きたい場所がある。そこで話す」


ヴァルディスは答えなかった。
だがレオニクスが歩くのを引き止めなかった。
レオニクスの茶色の髪を風が揺らしていく。


「レイトは十字路で繋がってるけれどもちろん路地裏でも繋がってる」


蜘蛛の巣のように張り巡らされていて迷ってしまうから好んでは使わないけれどね、とレオニクスは続け、いくつめかの角を曲がった。


「本部が中央であることに変わりはないが」

路地裏ってだけで随分印象が変わるものだ。
白くて眩しかった街は大分薄暗くなっている。

「面白いだろ。四千年前の町並みはどうだった?」

「四千年前に街などなかった」

「え?」

「人はごくわずかしかおらず世界は光と闇に分かたれ、獣や竜たちが繁栄し殆どが自然に覆われていた」


切り立つ崖、落ちる巨大な滝。
繁った森、広大な湖、果てしない草原。
そんな世界だった。

「空は、美しかった」

懐古するような眼差しだった。
見上げた空は、綺麗で。

「空気は澄んでいた」


四千年の月日は残酷で。

「レオニクス」


世界に怨まれた竜は呟く。
人間と変わらない姿形をとっていて尚膨大な魔力が溢れていて、本当に伝説の竜なのだとレオニクスはぼんやりと思った。


「この世界を守りたいか」


レオニクスは手を前に掲げた。
ヴァルディスの目前に広がったのは、白い十字架。

石畳の紋様が本部を起点にする十字架を彩り、波紋のような町並みが描くのは結界。

純白の街、レイト。

「きれいだろ。この街は」

「これは」

「レイトの向こうはボルケナ。あっちは草原」


レオニクスの手がさす向こうには確かに草原が広がっていた。

「ヴァルディス」

「何だ」

「きたかったのはここだ。世界なんか守らなくて良い」


繋いだままの手を持ち上げ、レオニクスは笑った。


「ごめんヴァルディス。目覚めさせたのは俺だ」


「何が言いたい」

「俺は死ぬ、ヴァルディス」


ヴァルディスが何かいうまえに遮りレオニクスの目が細められた。

「だから見たかったし見せたかった」


「愚か者」


世界で最も重い罪を犯した青年は、世界で最も憎まれる竜に微笑んだ。


「俺が1番綺麗だと思った光景。1番憎んだ光景」



清らかな十字架。

「俺は死ぬよ」




それが、定めなのだから。










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